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早月川の河口から剣岳へ④~剣岳の麓の集落・伊折の6 剣岳・伊折街道
山行データ2011年7月17日~22日。単独59歳。剣岳ののちは薬師岳、黒部五郎岳、西鎌尾根から槍ヶ岳、大キレット経由で北穂高岳から穂高連山、ジャンダルム、西穂高岳、焼岳から上高地へ下山後は徳本峠から ...
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山行データ
伊折を背に馬場島へ
伊折集落から人々の生活の痕跡と匂いが消えきってしまうのに、どれほどの歳月がかかることだろう。
錆びれが浮く半鐘は、かつて緊急事態には甲高く集落に鳴り叫んだはずだ。
不自然なほどに赤々とした郵便ポストが空箱になったのはいつのことだったか。
道路沿いの送電線がしっかりとしているのは、この上流にそれを必要とする人の施設があるからだ。
早月尾根に取り付く馬場島には宿泊施設がある。そこに今夜は一泊する。
とはいえ、先は長いなぁ。
刺激の少ない一人歩きに、陽光がきついからだろう。
左手に流れる早月川は滝に例えられるほどの急流だが、歩いている車道の勾配は、明日以降の山道に比べれば、どれほどのものでもない。


(もうすぐ馬場島・・・)
人工物が圧倒的にない立派な車道を行けば、大きな建物が建っていて、どうやら研修施設のようだ。
しっかり運動できる広場もあるが、しんと静まり返っている。
小さな発電用の取水口のような施設などもあり、馬場島まであと3キロなどという看板に励まされ、午後3時間前に馬場島山荘に着く。
少しの食料と水分けを小型リュックに入れた軽装だが、河口からほぼ11時間の歩き、ほっとする。
明日以降の荷物を入れた大型リュックはタクシー便で先着している。
山荘の一夜
山荘の管理人の中年男性によると、今夜はわたし一人の宿泊。
この地方の梅雨が今日明けて、週末あたりから入山者が増えるのではないかと、心持ちのようだ。
明日の出発時刻は5時とこたえると、コーヒーくらいは用意しますという。
風呂を浴び夕食にビールをともにすれば、砂漠のように乾いた体の隅々まで染み渡る。
夏の一日をいい日だとまとめるのに、ビールは欠かせない。
よりによって、炎天下を11時間も歩いたのだもの。
豚肉、ジャガイモ料理なども、おいしかった。
山荘前に視線を流せば、キャンプができる広場があり家族連れのキャンプにもいいところだ。
ここでテントを構え、翌日剱岳を往復するのもあろう。
下山後は山荘の風呂で汗を落とし、さらにキャンプするのなら、ビールを・・・。
ビールはいつも欠かせない。
それなりに疲れていたのに夜中に何度も目が覚めたのは、ついつい調子にのって、夕食時にビールを飲みすぎたせいかもしれない。
明けて良い天気。
パンをかじりながら出発の支度をしていると管理人がやってきてコーヒーを煎れて下すった。
お礼をして山荘玄関から直進すれば、早月尾根の取り付きである。
平らな広場からいきなり壁を攀じるような登山道である。
ひたすら登れ、早月尾根
気持ちを山用に切り替える。
昨日の軽量とは打って変わって、おそらく15キロほどの重さのリュックが背に張り付いているのだ。
山小屋泊りだが、火器、コッヘル、ガスボンベ、インスタント麺などの間食などを詰めたら結構な重さになっている。
途中に水場のないのが早月尾根であることは、約20年前に経験済みだ。
今日は早月小屋までなので、2リットルもあれば十分とみた。
涼しい尾根おろしの風を楽しみながら、ナラ、カエデなどの樹木を抜け、カケスかな?という野鳥の鳴声、あるいはセミかな?というしぐれ風の響きを耳にする。
立山杉(?)の大木がいつしか周りから消え、登り下りの人もいない。
早月尾根の夏山は先なのだろう。


(立山杉らしき巨木わきを歩く)
馬場島の駐車場に昨日にはなかったバイクが一台あったが、登山ではないようだ。
クマよけを兼ねてラジオを入れると、7時のニュースは北陸の平野部の猛暑を予想している。
単調な登りだが、肌に触れる大気はいやましに下界の猛暑とは無縁である。
星屑の夜半
この登りは20数年ぶりだなぁ。
そのときのわたしは富山市に職場があり他県出身で同業他社の後輩、地元の同業知人夫婦の男3人女1人の顔合わせ。


(残雪があった。水代わりに貴重だ)
せっかく富山にいるのだから、剱岳に連れてって!という初心者あるあるの希望をいれて、全員が30歳代の夏山のテント旅になった。
わたしはその数年前の秋口に別山尾根から往復した経験から剱岳の危険を諭したうえでの室堂へ抜ける歩きだが、初日は長々とした登りに閉口しつつ早月小屋のテント場に午後の早い時刻にたどり着くことができた。
テントを二つはり、持参だけでは足らず小屋で買って缶ビールをグイグイ、わたしがテント旅のお気に入りの牛スジ肉(下茹で)のキムチ味の鍋物にして酔っ払い、いい気分でテントの一夜を過ごしたものだ。
うすら寒い日没前に尾根の端へゆけば、富山平野のマチのあかりがちらちらとともっていて、いやでも山歩きの旅愁が染みた。


(早月小屋付近には残雪がくっきり)
その夜半に目が覚めテントの戸をはぐると、無数に空を埋める星々が落ちてきそうで、となりで目が覚めた後輩が「あっ、おほしさまが光ってるぅ」と、学芸会の幼稚園児みたいな甘えた声で言うのにふきだしてしまったものだ。
そのかれが、翌日の剱岳山頂でビールの登頂祝いののち、別山尾根の真っ逆さまな岩稜で顔を引きつらせていたのもまた、強く記憶にある。
(続く)





