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【登山余話26】中央アルプス・越百山でライチョウに会おう㊦(2025年7月18~20日)
山行データ18日データ:5時30分伊奈川ダム下の道路わきに駐車後出発。7時10分:越早山取り付き(南駒ケ岳方面への林道分岐)。8時:第一の水場(細い流れ)。10時45分:第二の水場(きわめて豊富な沢) ...
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山行データ
19日データ:栗沢山~アサヨ峰往復~仙水峠~テント場。
20日:下山。
崩壊していない長野側から北沢峠
南アルプススーパー林道の山梨県側は、何年か前の大雨によってひどい崖崩れが発生し、広河原から北沢峠への路線がダメになっている。
日本自然保護協会による現場視察のようすがネットでも報告されていて、山体破壊の惨状がわかる。
半世紀前にさかのぼるこの林道のそもそもの建設も自然破壊の批判をあびてなお、いわば強行されたことを忘れることはできない。
長野県伊那市側からの路線は通行でき、夏山シーズンはバス便で北沢峠(2032m)まで入れる。
かくしてグツグツと煮えたぎる暑さのお盆過ぎの午後、北沢峠に着いた。
ここでテントを張るのは三度目。
最初は10年ほど前の秋口のこと、黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳(2967m)に登り、ここでのテント泊ののち仙丈ケ岳(3033m)をへて地蔵尾根を下った。
二度目は昨夏、テント泊の翌日仙丈ケ岳を往復した。
この峠は甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳の登山起点である。
栗沢山にでもいくか・・・
森林に囲まれた小沢に沿い、水に恵まれたいい所だが山岳景観はない。
たとえば、北アルプス蝶ケ岳(2677m)のテント場を思い出すと、数歩を登って尾根に出た瞬間に目の前に左右に広がるのは、槍穂高の豪快かつ変化に富んだ岩稜、岩塊の大パノラマだ。
圧倒されつつ、暮色に沈んでいく槍穂高と向かい合っているだけで、あぁいい一日だなぁ、などと思ってしまう。
北沢峠のテント場は、巨木が差し伸ばす枝が落とす影や、沢を渡っていく風のヒンヤリとした感触を楽しむようなところがある。
テントの外で腰を下ろし、ビール、ウィスキーをやりながら狭い空間を仰いでは、さて、明日はどうしようと思案である。
目的とする山を決めないで、ひとまずやってきたのである。
複数回登っている甲斐駒ヶ岳、仙丈ケ岳は気分が向かない。
空を眺めまわしているうちに、東の樹林の先に地肌がむき出しになっている三角の頂らしきものがある。
ここから登山道がある栗沢山(2714m)か?
片道2時間らしい。
(森林を抜けて栗沢山を目指す)
27年前の夏に知人と北沢峠・甲斐駒ヶ岳~早川尾根・夜叉神峠へと二泊三日で縦走したときに通過した山だ。
記憶と記録の栗沢山
記憶の消滅速度はいかほどか。
27年前の手帳には、栗沢山からほぼ快晴の朝に甲斐駒などがしっかりと展望できたと乱雑なスケッチとともに記されている。
これもまた映像の記憶はないが、栗沢山から南のアサヨ峰(2799m)へのハイマツの岩稜帯で二羽のライチョウを目撃した記載がある。
当時は登山者との接触の記述はないが、今回の栗沢山では10人ほどの登山者が、岩でごつごつした山頂に憩う。
途中でわたしを無言で抜いていった高齢者は、すでにアサヨ峰まで往復したらしく、無言でおにぎりを食べ始めた。
うらやましく、舌を巻く健脚である。
開け放たれた山頂である。
甲斐駒、仙丈、北岳(3193m)が個性豊かにグイグイと迫ってくる。
圧巻の迫力である。
ことに足下の仙水峠を経て対峙する甲斐駒は頂上部が三角に鋭く白く、気品と厳しさを漂わせている。
栗沢山それ自体は登頂目的とするには地味だが、北部を代表する三山の展望の絶好地として特筆されていい。
ライチョウと学生パーティ
ぐうたらを決め込み、一枚岩に寝そべり、傘を開いて陽光の顔への直撃を和らげる。
適当にまどろんで下るつもりでいたが、ユーチューバーと称する若者やら中高年らが初対面ながらにぎやかな会話を広げ、どんどん1時間ほど先のアサヨ峰へと向かう。
時間はあるし、せっかくだからとわたしもそちらへ。
(アサヨ峰から北岳が尖る)
(アサヨ峰から夏雲に隠れる早川尾根遠望)
吊り尾根を見下ろすとこちらに縦走してくる人たちもいて、興味がわいた。
27年前とは逆コースで早川尾根をテント縦走したいものだと、妄想登山も時々するので。
日帰りのリュックの中身は水といくらかの食べ物くらいのもので軽いが、大岩・小岩が散らばり灌木が茂る尾根の往復は、足取りが慎重になる。
すぐにさっきの縦走の一行と行き違う。
わたしが下り。
先を譲る。
男女10人ほどが大きなリュックを背にし、しかし、一歩一歩を登る足さばきには躍動する筋肉の力強さがみなぎっている。
「学生ですか」
「はい、O大(大阪府)です」
「夜叉神峠から縦走?Tシャツのロゴは何ですか」
「はい。これは大学のマークです」
「今日はどこまで?」
「北沢峠か、仙水小屋のテント場で」
「あと一息だね」
ライチョウではなく、今日の記念すべき出会いは健康あふれる大学生たちだ。
わたしも学生時代には、あんなふうに躍動しながら縦走したのかなぁと、最後の一人が岩陰に消えるのを見送る。
同年代の闊達・元気な足取りにも舌を巻くが、若い人の健脚にはすごみを感じ励みになる。
帰りは仙水峠への急降下に手を焼き、仙水小屋わきを抜ける。
(仙水峠近くに露岩が見え始める)
あの学生たちのオレンジ色のテントが樹間に散り、テントの外では屈託のない明るい会話が響いている。
テントが林立する北沢峠ではなく、利用者のまれなここを選んだのは、賑わいとは異なるテント泊の魅力を味わえるに違いない。
テント場に近い登山道そばでは蛇口から沢から引いた透明な水があふれ出る。
飲むと。とびきり冷たく、とびきりうまい。
生まれたての極上の水の味は学生たちの記憶に刻まれるかな、とふと思いつつ下る。
(この項終わり)