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登山余話

【登山余話22】十勝岳の夏色2023

 

前回の余話
【登山余話21】中央アルプス・空木岳へテント旅㊦

  山行データ2022年9月3~5日。69歳。名古屋をクルマで出て、ロープウェイで千畳敷(2600m)から入山。桧尾岳(2728m)の新設テント場(初日)、空木岳(2864m)を踏んで空木岳 ...

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爆発音にドキリと振り向く

どおん・・・。

 

突然の巨大な破裂音が尾を引きながら、美瑛から富良野に続く眼下の細長い谷間の平地といわず、わたしたちが立つ十勝岳一帯にもはっきりととどろき渡っています。

 

十勝岳(2077m)の噴火?

いや、足下には微細な揺れすらありません。

 

イベントをあおる花火?

いや、見渡す北の空に、余韻の煙が浮かんでもいません。

 

その音響は十勝岳を往復した7時間近いあいだに、4、5回聞きました。

 

下山後に知ったのは、想像したように近くの自衛隊の砲弾の発射訓練によるものだということです。


(望岳台から歩き始める。かつて泥流が駆け下った斜面)

 

地元の人には日常なのでした。

 

しかし、初めて経験する妻とわたしには、なんと不可解な、平和な夏の早朝を引き裂く興ざめだったことでしょう。

 

十勝岳が現在も活動を続ける火山でなければ、噴火という連想も起きなかったはずです。

何度も起きた十勝岳噴火は、どんなだっただろう?

 

三浦綾子の小説「泥流地帯」は1926年5月24日の噴火、雪解けによる泥流が麓の生活を破壊した災害を題材に逆境から立ち上がる人々を感動的に描いている。

 

美瑛町のHPによると、泥流は美瑛川富良野川に分かれて流下し、噴火後、わずか25〜26分で火口から25キロメートル の上富良野原野に達した。

 

死者行方不明144名、建物372棟、家畜68頭、602羽が失われたとあります。

 

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そうだ、十勝岳に登ろう

美瑛から富良野にかけて夏の花園を訪ねてみたい。

そういう妻の願いを元に組んだ旅行。

 

調べてみると宿泊先に選んだ美瑛は、十勝岳登山の最寄りのマチなのです。

 

十勝岳には登っていませんが、北海道に10数年暮らし「泥流地帯」によって旧知です。

 

せっかくの機会です。

どんな火山なのか歩いてみよう。

 

6時30分ごろ駐車場と休憩施設(兼・避難シェルター?)のある望岳台に着くと、もう一台も止められないほどいっぱいです。

 

100台近い?少し下った道路脇の空き地にようやく止めます。


(駐車場は満杯。道路脇にクルマを置く)

 

天気のよい日曜でもあり、十勝岳が過去に破滅的な噴火災害を起こしても、今は普通に登られているのに驚くほどです。

 

大小の石が転がり、背の低い植物が点在するだらだらの裾を歩き始めます。


(途上にある避難小屋。奥は美瑛の平地)

 

異臭に咳き込む

おとなしくしてはいても活火山だけあって、高度を稼ぐにつれて周囲が荒涼としていきます。

 

溶岩が風化した黒っぽい石つぶてが、石炭のぼた山のように斜面を埋めるかと思えば、茶色っぽい砂地の海岸線のようなところもあります。

 

山頂につながる尾根に出ると、古い噴火口らしい巨大な凹みが待ち受けていました。

 

その壁面にはところどころに小さな緑色の飾り物のようなものが見えます。

 

噴火後、長い年月をかけて、ようやくわずかに生命が張り付いたのです。

 

尾根では西風が急に強く吹き上げてきて、半袖では寒い。


(活火山の営みを背に登る)

 

長袖に着替えますが、今度はしきりに咳き込みます。

 

登山口からは仰ぎ見えませんでしたが、地肌から幾筋も白い噴煙が積乱雲のように上昇していて、わたしはその火山性ガスを吸ってむせていたのです。

 

呼吸困難というほどに苦しくはありませんが、これで死亡した遭難も他の山であるはずです。


(浸食された溶岩斜面の先に頂上)

 

北海道雌阿寒岳、有珠山、樽前岳、北アルプス・立山(地獄谷)、焼岳、木曽の御嶽山あたりがわたしの歩いた活火山です。

 

地獄谷は火山ガスによる事故を防ぐために立ち入り禁止になっていました。

 

焼岳は山頂部に近くなるにつれてイオウ臭が強くなり山肌も黄色がちです。

 

山頂直下には、白いような黄色いようなガスが、シュウシュウと音を立てて旺盛に噴き出していたものです。

 

荒涼の山頂と花咲く丘

巨岩が重なる十勝岳山頂では多くの登山者が腰をおろし、さっきは小学生らしい数名をつれたパーティが下山していきました。

 

ここに限れば火山らしくありませんが、火山ガスの噴出口は、その白煙の絶え間ない上昇によって近くにあることが分かります。


(巨石が積み重なる山頂)

 

かつて泥流が人々を痛めつけた美瑛から富良野方面の平野には今、普通に人々の生活があり、十勝岳と平野部を挟んで反対側にうねる丘には、夏の観光客が押し寄せる広大なお花畑が見事です。

 

昨日のうちに、そこを訪ねたのですが、中国やほかのアジアの国からの観光客が引きも切らず、大混雑でした。

 

ラベンダーやケイトウなどが紫、赤、黄色など、ベルト状にデザインされ、トラクターが牽引する観覧車から観光客は身を乗り出して巨大な絨毯のようなお花畑に目を輝かせていました。

 

夏の人気スポットです。

あの辺りか?

 

下山でも無粋な砲弾発射音を聞きつつ、昨日の鮮烈な色彩を探し求めました。


(十勝岳と向かい合う広大なお花畑)

 

こちらに向かう斜面です。

そこの施設に飾られた写真には、天気のよい日の十勝岳とその連山が伸びやかで鮮やかでした。

 

十勝岳山頂からその童話風の花園が展望できる筈です。

しかし、それは夏の湿気の多い大気に曇り、色彩の一片すら視界にとらえられません。

 

登山口に戻って振り返る十勝岳は、連山とともに堂々たるスカイラインを刻んでいて、次はそれらをつないで歩き通してみたいと思うのでした。


(駐車場から連山が夏空の下にくっきり)

 

十勝岳が平穏なあかしに、花園の遠望が、その時に叶うといい。

 

(この項終わり)

 

 

 

 

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは8年目(2023年4月現在)

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