北アルプス 登山記録

【第5章】槍・穂高から上高地へ⑨雨の訪問者・2

 

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    山行データ2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。 上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。 ★3,000m峰は槍 ...

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山行データ

2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。
上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。
★3,000m峰は槍ヶ岳(3,180)、大喰岳(3,101)、中岳(3,084)、南岳(3,033)、北穂高岳(3,106)、涸沢岳(3,110)、奥穂高岳(3,190)、前穂高岳(3,090)の8座を数える。

 

追い払うべき訪問者

テントに泊まらせてくれ?

10分そこそこで北穂高小屋があるのに?

 

怒りの次にあきれはて、あごが外れそうです。

 

夜の暗さが地表に降りてきていますが、幸い雨はなく小康です。

断固として追い払うのがスジです。

 

しかし、言っている内容の支離滅裂なことは、心理が混乱しきっていることを示しています。

 

まっとうに北穂高岳小屋に行き着けるのか、そちらが気がかりです。

 

<遭難>

 

の二文字が強く脳裏に浮かびます。

 

「一人は引き受けるから、もう一人は下のテントに頼みなさい」

 しかし、ほどなく戻ってきました。

数時間前に、この二人が道を聞いたテントです。

 

「ダメでした。私は、テントの外でいいですから」

下のテントの毅然とした拒否がまっとうです。

 

二人をどれほど非難しても足りない。

しかし、ここで二人を追い払いかねます。

 

テントの外で一夜を明かしかねません。

「バカなことを…。着替えのセーターや、ヘッドランプはあるのでしょう?」

 

一宿一飯のテントの夜

指示を出します。

汗、雨で濡れた体です。

 

着替えて温かくするように。

ザックはカバーをしてテントの外へ。

テントの中は狭いから。

 

そうして二人をテントの中に引き入れました。

 

大人三人では随分と窮屈です。

口にこそ出しませんが、放浪した二人が体力気力を浪費し、空腹なのは見て取れます。

 

こういう事態を気まずく思うくらいの判断力はあるようです。

 

「見ての通りの山歩きです。小屋のように飲み食いのぜいたくはありません」

 

私は炊事用のストーブをつけます。

青白い炎がテントの中をすぐに温かくします。

 

明日の氷小豆ように残しておいた小豆を使いきってお汁粉、キウリを一本の半分ずつ、そしてインスタントラーメンをこしらえ、腹の足しにしてもらいます。

 

二人は言葉もなく、じっと従います。

 

ヘッドランプのあかりが交錯するテントの中に、かちゃかちゃとコッヘルが無機質に金属音をたてます。

二人はラーメンスープの最後の滴まで吸い取るように飲み干します。

大キレット・日没
(槍ヶ岳から大キレットを経て穂高の連山=右から。テント場は中央の北穂高岳山頂の近く)

 

「化け物」と言われた二人

「あぁ、おいしい」

「この味は、一生忘れられない」

 

セーター類を着込んだうえ、腹に温かい食べ物を送り込んでいくらか人心地がついた二人には、粗末なりに宿が約束されたこと、命を失う危機から遠のいた安堵の表情が見て取れます。

 

見れば六十前後。

北陸地方からやってきたそう。

 

言葉の特徴で、概ねどのあたりかも推定できますが黙っています。

 

細身で神経質そうなNさん(ほとんどこの人がしゃべります)、小太りで温厚そうなDさん(Nさんのままに後をついてきた雰囲気です)。

 

見た目と人柄が重なります。

二人の足跡はこうです。

 

昨日上高地に入った二人は槍ヶ岳山荘まで一気に登ったのでした。

 

行動時間を知ると小屋の人から、「化け物だ」と言われたとか。(褒め言葉とは聞けません)

 

そして今日。

大キレット、北穂高岳、涸沢岳を経て穂高岳山荘まで行くつもりでした。

 

槍ヶ岳山荘を出たのが8時(わたしの南岳発と同時刻)。

 

大キレット通過中に雨に降られたが、北穂高岳を経てさらに先へ進んだのです。

・・・その顛末がテント押し入り(敢えて言わせてもらいます)です。

 

わたしが北穂高小屋のテラスで雨をしのいでいた頃、滑りやすい岩また岩の大キレットを雨に濡れながら通過し北穂高岳に到着。

 

さらに進むうちに彷徨が始まったのです。

 

参考にしたという地図は厚めの観光ガイドブックの一項。

山岳地図の体をなしていません。

 

「鎖場があった」

 

という言葉と時間差から、涸沢岳近くに到達してから引き返してきたことになります。

遭難地図
(二人の話から推定した彷徨の行程)

 

猪突、蒙昧、遭難志願

足達者なNさんが、こっちだ、こっちだ、とどんどん先を行き、Dさんが黙々とついていくのでした。

 

二人のそうした関係は、話しぶり、物腰から十分に納得できます。

 

雨混じりの岩尾根、視界不良、迫る夜。

初の槍穂高縦走。まだ次の小屋がない。

この道でいいのか。

 

いよいよ日没が迫る、膨らむ不安と焦燥。

パニックに陥り穂高岳山荘が近いのに引き返したのでしょう。

 

聞くほどに、二人には北穂高小屋穂高岳山荘の区別すらついていないようです。

 

山名、位置関係もいい加減なのです。

愕然とします。

8時には横になります。

 

「疲れている」

 

というDさんを中央に、わたしとNさんが両側につきます。

中央で挟まれた方が温かいでしょう。

 

「これを手にはめれば、少しは温かくなりますよ」

 

予備の軍手を一組、Dさんに貸します。

 

<こんなことって、あるのかなぁ…>

思いがけない、では収めきれない現実が、テントの中にあります。

 

寝袋のえりをすぼめて寒気を遮りながら、当初の激しい怒りがあきれに変わり、あきれは虚ろな喪失感となってわたしの胸中に広がってきます。

 

 

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【第5章】槍・穂高から上高地へ⑩雨の訪問者・3

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは5年目(2020年4月現在)

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