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最終章

【終章】~やっとこさ、前穂高岳

前穂高岳(3,190m)の頂に立つと、粗削りな岩が無造作に積み重なっていて、かなり広いのに驚く。

 

岩の隙間から生えたように、頂上をしめす柱が立っている。

 

奥穂高岳(3,090m)から長々とたわむ電線のような尾根(通称・吊尾根)をたどり、上高地へと急降下する分岐にリュックを置き、岩の斜面を登って山頂に出たのである。


(前穂高山頂で憩う。奥は槍ヶ岳)

 

上高地河童橋から、岳沢の上部に広げた右手の端にあたるのを、ひしめく観光客たちが仰いでいることだろう。

 

ようやくにして、というのが本心。

 

上高地槍ヶ岳などを見回し、3,000メートル峰のすべての頂にたったのだと、安堵の感情がわく。

 

富士山頂をすまし田子の浦に到達するまえに、積み残しの前穂高岳を訪ねておきたかった。

 

学生時代(20歳)の夏、冷雨が降りしきる中を、吊り尾根から岳沢へ逃げるようにして下降していた。

 

そこにはいやな角度で大きな一枚岩が雨に濡れて鈍くいびつに光っていて、滑落するのではないかと怯えたのを、今なおはっきりと思い出す。

 

約30年を経て槍ヶ岳からの大キレットを通過したときは、北穂高岳のテント場で一泊ののち穂高連山前穂高岳へと縦走しその頂を踏む予定だったが、途中で切り上げていた。

 

それは北穂のテント場で「雨の訪問者」(注)の変事があった翌日。

奥穂高岳直下の穂高岳山荘まで来たとき、気力が急にしぼんでしまった。

 

遭難寸前の「雨の訪問者」の行動ぶりや、自分がその1人でもある山荘前のあまりに多い登山者の雑踏ぶりにげんなりとしていやになってしまった。

 

 

・・・出直そう。

 

 

天気は申し分ないのに、さっさと涸沢から上高地へと下ったのだった。

 

日を経て、前穂高岳の直下にある奥又白の池から、明神岳を経て前穂高岳に達しようと思い立った。

 

奥又白の池までは人跡まれで、その先の前穂へはさらに好事家のルートというのに、心が弾んだ。


(前穂東壁クライマーはいない。静かな奥又白の池)

 

ひいひいと心臓をバクつかせて急斜面を這い上がり、無人の池のそばでテントを張ったまではいいが、翌日偵察すると踏み跡くらいあるはずのルートを判別できず断念。

 

前穂高岳3・4のコルへとトラバース気味に転じ、いったん涸沢へ下ってから奥穂高岳へ上り返したのち、こうして前穂高岳へとつないだというのが、顛末だ。

 

何という徒労・・・!

 

ためいきが出るが、是も否もない、前穂高岳を省いては3,000メートル峰すべてを踏んだことにならない。

 

 

・・・これで宿題をやりきった。

 

 

山頂を少し東に歩くと、奥又白の池が眼下にポカンと水面を広げている。


(山頂から奥又白の池、徳沢方面を眼下におさめる)

 

あぁ羽があればと、ふいに思う。

 

鳥のようにふわりと滑空すれば、ひらりと降り立てる。

さざ波さえ判別できるくらいに近いのだ。

 

そこに二泊できたのだし、それはそれで単独行にみあう静寂の水辺だったではないか?3・4のコル越えもわくわくしたではないか?

 

徒労をなだめねぎらう言葉をかき集める。
* * *


(前穂山頂のケルンが雲海に浮かぶ)

 

2006年9月9日、青空を天にいだく真昼に、この山頂に足跡を置くまでのあれこれへと、思いは尾根から尾根へと駆け巡る。

 

日本海~太平洋、残すのは田子の浦だけだ。

 

さぁ。

 

(全章の終わり)

 

(注)参照
【第5章】槍・穂高から上高地へ⑧雨の訪問者・1

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【第5章】槍・穂高から上高地へ⑧雨の訪問者・1

 

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは9年目(2024年4月現在)

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