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北アルプス 登山記録 第5章[槍・穂高-上高地へ]

【第5章】槍・穂高から上高地へ⑦大キレット縦断

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笠ヶ岳
【第5章】槍・穂高から上高地へ⑥槍ヶ岳から3,000m峰3座の尾根

  山行データ2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。 上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。 ★3,000m峰は槍ヶ岳(3,18 ...

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山行データ

2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。
上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。
★3,000m峰は槍ヶ岳(3,180)、大喰岳(3,101)、中岳(3,084)、南岳(3,033)、北穂高岳(3,106)、涸沢岳(3,110)、奥穂高岳(3,190)、前穂高岳(3,090)の8座を数える。

 

スリリングな槍穂高の岩稜縦走路

槍ヶ岳から穂高連峰最南端の西穂高岳までの地図上の距離は、ざっと9km。

 

国内の縦走路でもっとも険しく危険な岩稜山脈が、この9kmにぎゅっと詰まっている。

毎夏のように死亡事故を含め重大遭難が起きているのです。

 

それでもなお強烈なマグネットに吸い付けられるように、多くの人たちがここを歩きます。

危険地帯はおおまかに3カ所。

 

北から南岳~北穂高岳までの大キレット、約1.5km。

槍~大キレット~穂

このルートのうち槍ヶ岳~奥穂高岳を真横から大展望できるのが蝶ヶ岳の小屋付近です(写真=2015年7月)。

 

写真中央の凹にたわんだところが大キレット

 

次が北穂高岳~涸沢槍ヶ岳、最後に奥穂高岳~西穂高岳となろう。

 

そこに一つ加えれば、奥穂高岳~前穂高岳吊尾根)。

 

上高地河童橋からは奥穂高岳~西穂高岳の稜線を左手に、奥穂高岳~前穂高岳を真正面に仰ぎます。

槍ヶ岳から以上の4つの道のりを一度に歩く機会がありました(2012年夏)。

 

その経験から難度・危険度をつければ、奥穂高岳~西穂高岳が1番手、大キレット通過は2番手、北穂高岳~涸沢槍ヶ岳吊尾根と続く。

 

遠望写真では難易度が実感できない大キレットへと足を踏み入れます。

 

盲目の中高年登山者の大キレット越え

黄色い雨具に身を包み、ネズミ色の冷たいガスが渦巻く朝。

 

大キレットにかかります。

午前8時。

 

学生時代に二度、悪天候で断念した曰く付きの道のりです。

 

いきなり急下降のザラザラの斜面に、先を行く単独行者がボワッとガスに呑み込まれてしまいます。

緊張に心臓が早うちします。

 

魂がガスの奥に吸い取られそうです。

陰気なことといったらない。

足下がざわつきます。

キレ取り付き

なんと昨日槍ヶ岳の山頂で一緒になった全盲者と、引率者に追いつきました。

南岳の小屋で一泊したのでしょうか。

 

目前に高低差10mほどの鉄ハシゴ。

全盲者が引率者の首の後ろにあるザックのひもを握って、真後ろについて行動します。

 

 

「遅いよ、おれの方がちゃんと足を出してる」

「そんなに背中を押すなよ」

「ちゃんと朝飯をくったのか」

「ほら、ハシゴに足をかけるのだ」

 

 

危険箇所がこの先、次々に待ち構えていることでしょう。

二人の苦労が思いやられ心配になります。

 

その二人は翌日の涸沢岳への岩稜でも見かけましたので、槍穂縦走を完遂したのでしょう。

 

70歳代の単独行者の後ろ姿

滝谷から絶え間なく湿気を含んだ濃いガスが上昇しては、真正面にそびえたる北穂高岳を隠したり見せたりします。

 

仰ぐ北穂高岳の巨魁は神秘に満ちた人跡未踏の絶海の孤島のようです。

大キレット
(大キレットを北穂方面へ行く登山者。やせて狭くいびつな岩尾根)

 

今にも崩壊しそうな岩の小峰を次々に越えます。

鎖、ボルトなどが打ち込まれ安全は確保できますが、落ちればおしまいです。

 

ときには平らなところもあり、ハイマツやシャクナゲの灌木も見ると人心地がつきます。

 

対向する登山者が何人かいます。

短い会話でお互いの緊張がほぐれます。

 

高低、斜度がいびつに交錯する乱雑極まる岩尾根の角を握ったり、岩間に食い込むハイマツの根元をつかんで胸元まで足を引き上げたりと、握力、腕力を使うことしきりです。

 

ご先祖さまは、やっぱりおサルさんなのだと、ハイマツの脂の匂いを嗅ぐ瞬間に感じるくらいの余裕はあります。

 

奈落の難所として名高い箇所も覚悟したほどの危険も感じずに通過します。

 

北穂高岳の小屋に近くの狭く細く、滑りやすい土砂の登山道を下ってくる高齢者の男性を見上げたときは驚きでした。

 

単独行。

南岳の小屋まで行くつもりのようです。

しばらく後ろ姿を見送りましたが、男性への敬意より不安と心配が勝るのでした。

 

北穂の池に疼きつつ、雨の北穂小屋

わたしを強く揺する景色が、左手の高い斜面に、キラキラと銀色の粒のように付き添います。

 

北穂の池に違いありません。

 

人っ子ひとりありません。

決して大きな池ではありません。

 

北穂高岳へ登り返す道でトラバースすれば、さほどの苦もなく行き着けそうです。

そこへの登山道はないのですが、標高3,000mの地塘をそばにテントを張り時間のままに寝起きする何日間は、最高でしょうに。

 

ついつい足がそちらに向かう衝動を抑えて、北穂の山小屋に着きました。11時45分。

 

大キレット越えには約4時間を要しました。

学生時代に残したままの宿題を、し終えたような気持ちです。

 

「思ったほどじゃぁ、なかった」

 

いよいよ小雨混じりになった小屋のテラスで登山者が会話をしています。

北穂テラス

「昨日、一人落ちて死んだらしいよ」

とも聞こえます。

さっきの単独の高齢者が再び気がかりです。

 

大キレット槍ヶ岳を一望にできる極上のテラスですが、今は雨が降り始めて視界はなく青いシートで覆われています。

そのうちに雨がたまり、その端からドッと流れ落ち、テラスに悲鳴があがります。

 

時間はある。

どこまで行こうか・・・。奥穂高岳山荘のテント場まで行けなくもない。

 

雨足は強まりそう。

雨中を歩くのを嫌い北穂高岳でテント泊にします。

 

日本で一番高い場所にあるテント場の一晩も乙なものです。

テントは3張りくらい。

閑散としています。

 

ほどよい緊張と高揚から解放されて気分が緩み、寝袋にくるまると暖かさが心地よく寝入ってしまいました。

 

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【第5章】槍・穂高から上高地へ⑧雨の訪問者・1

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは8年目(2023年4月現在)

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