御嶽山 登山記録

【第1章】御嶽山の①~木曽福島、鈍行列車の小景~

御嶽山

【写真説明】
乗鞍岳から飛騨へ下る登山道から御岳山(右)をのぞむ。緑のハイマツ斜面と青い御岳山の間を白雲が埋める。左の峰続きは中央アルプス。

 

山行データ

51歳。2004年9月18~20日。
新宿(午前零時前)~塩尻~木曽福島へ列車。バスで覚明堂下車。
18日は7合目でテント、19日に山頂越え、一般道に出て木曽福島駅まで歩く。
20日、東京へ戻る。
御岳山は、この10年後の9月27日噴火し、死者57人・不明者6人の犠牲を出した。
標高3,067メートルは国内14番目。

 

塩尻から木曽福島へ乗り継いだ鈍行列車

塩尻から木曽福島へ乗り継いだ鈍行列車は、朝の通勤通学時間なのですが、混雑していません。

ドア近くに座ります。

 

ある駅に止まりますと、70歳代かと見える男性が、重そうな大きい段ボール箱を車内に入れようと引きずっています。

段ボール箱の上には「ぶどう」と印刷された小さい段ボール箱が三つ重なっています。

【御嶽山1-1】行商・おじさん_result
(行商人は弁当を抱えて腰かけ、しばらくして食べ始めた)

 

行商人のようです。あまりに重く、発車のベルを気にしてあせっている様子ですので手を貸します。

ほかの乗客も手伝います。

 

ウンウンと腰をかがめていた行商人は、ホッと息をついて私の真向かいに腰をおろしました。

こちらも一安心です。

 

すると、行商人は行李のふたを外し、黄色い薄紙に包まれたものを、私と手を貸したもう一人に、

 

「洋梨、このまんまで食べれますから」

 

と言います。

決して大きな商いではないのは、見てすぐにわかります。

それしきのことでくれたのでは商売になりますまい。

遠慮します。

 

しかし目の前の丸い包みは微動だにしない。

好意を素直に受けとめるのが礼儀と考え直しました。

柔らかく上品な香りがします。

 

行商人は、木曽福島の少し手前の駅で下り支度です。

 

男子高校生二人が乗ろうとします。

高校生は、おっというような顔つきを一瞬見せると、行李とブドウ箱を軽々とホームにおろすとガランとした車内に入り、向かい合わせの席に座ります。

 

背中で頭を下げて礼をする行商人には無関心です。

列車が動き出すと、ホームの行商人がすぐに視界から消えました。

 

高校生は、何もなかったかのように漫画本に目を落としたままです。

なんだか、朝の一番に、気持ちが晴れやかです。

いい山行にいざなってくれているような気分です。

【御嶽山1-2】行商・段ボール_result
(行商人の売り物を入れた箱は、重い)

 

母たちの御嶽講

覚明堂のバス停で降りたのは、残った私だけです。

白い花が咲き散るソバ畑を横に見て歩き、やがて登山道(開田口)に合流します。

 

静寂の森を行く道では下山者一人としか会わずに、古い小屋の残骸のそばでテントを張りました。

翌朝、生き物の痕跡をテントの周囲に探したのですが、小動物の足跡ひとつありません。

 

御嶽山は死者の霊が集うところと聞きます。

 

私が小学生のころ、白い服を着て御嶽登山(地区の講)をした母が、死後20年ばかりたち、「ようやっと来た ねぇ」と、夢に尾張弁で来訪し、テントそばに何か遺留していないかと、超自然に出会ってみたい気もあったのです。

 

ガスが冷たくまとわりつき、砂地と岩ばかりの山頂部を越えるときは、母親や無数の霊魂がどこかでひそひそさざめいているようで、背筋がざわつきます。

 

この一か月後に旅立った父も、仲間入りさせてもらえたでしょうか。

競馬の勝ち負けなどを巡って、喧嘩が絶えない夫婦でしたが。

 

廃屋の百間滝小屋を覗き、油木美林を下って車道に出ると、朝の出発から11時間ほどたっていました。

木曽福島まで約20キロ、アスファルトの道のりが残っています。

 

木曽福島駅の待合室

雨風の心配はないのは幸いです。

木曽福島駅に着くと、日が変わったばかりです。

一日で約18時間を歩き終えた計算です。

 

明かりがまばゆい無人の待合室で、中年駅員が掃除をしています。

時刻表を見上げていると、御嶽に登るのかと声をかけてくれます。いいえ。

 

「そのベンチでよければ、どうぞ使って下さい」

 

駅の庇の下あたりで宿借りをと思っていたので、構内で寝られるのはうれしい好意でした。

 

山の中よりも、里を歩く方がひどくこたえます。

クルマがそばを走り抜け、バス便もあり、タクシーを呼べば楽ちんなのに便利と文明の誘惑を拒んで歩くのですから。

(意地を張らんで、とろい計画は、さっさと止めてまえ)

と、内から尾張弁がせきたて続けていましたから、寝袋にくるまってベンチにこわばった背中を伸ばしたときは、あぁ、これでよかったと、安堵と充実がじわりと体の隅々へ広がるのでした。

 

昨日の行商人を巡る出来事に始まり、しびれる旅を終える眠りです。

 

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【御嶽山2-2】有珠山・メモ
【第1章】御嶽山の②~火山にはひるむ…1977・有珠山噴火から~

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは5年目(2020年4月現在)

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