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【第8章】北岳から大井川源流、農鳥岳①~初めての南アルプスへ~
山行データ1997年7月19日~21日、45歳。単独。 山梨側の広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、農鳥岳から奈良井へ下山。 北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。 ...
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山行データ
山梨側の広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、農鳥岳から奈良井へ下山。
北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。
3000m峰は北岳(3,193)、間ノ岳(3,190)、西農鳥岳(3,051)の三座。
夜叉神峠、マークスの山
南アルプスといえば、若い日に甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳を遠く眺めたきりです。
富士山に次ぐ国内第二の高峰北岳から白根三山を歩くのに、どんな景色、姿かたちなのだろうなどと空想しながら、多くの登山者とバスに乗って取り付きの広河原に向かいます。
夜叉神峠が途中にあります。
ゾクゾクする地名です。
血縁、情欲、物欲、怨念、怨恨がおどろおどろしくからまり異様な殺人事件を呼ぶ横溝正史の推理小説の世界に引きずり込まれそうです。
推理小説『マークスの山』(1993年・高村薫)を今回の山歩きより前にたまたま読んで、夜叉神峠を知りました。
冒頭の家族心中の現場は夜叉神峠付近を想起させ、暗闇と降雪。陰鬱に凶行を暗示します。
北岳近くの尾根は殺人現場。連続殺人犯マークスを追い詰めるクライマックスは初雪の北岳山頂に集約します。
殺人犯の向ける目線の先には富士山。
昭和51年(1976)を事件の発端とする小説には、南アルプススーパー林道建設を巡る反対運動などに言及したり、人物描写に山岳を模したりと、物語の展開とはまた別な興味をそそられます。
ピーカンの北岳の空
小説とは真逆に広河原はあかるく開け放たれ、4台のバスから吐き出された
登山者は100人はいます。
(広河原へと向かうバス)
非日常を意識して浮き浮きし、今から北岳に登るのだという高ぶりが、夜行列車の疲れをどこかへ押しやっています。
「鬱蒼と広がる原生林。少数の登山者だけが訪れる山塊」
こうしたわたしの南アルプスへの評価付けは、ハナから修正を迫られます。
午前7時では、谷筋までは陽光が差し込まない。
北岳の上部は白くまぶしく輝いています。
(ダムが連続する奥に北岳。早朝の光の加減で白く冠雪しているように見える)
登山道と左手に接し、高度を上げていく荒れた沢には、北アルプスでも白山でもさんざん目にした砂防ダムとおぼしきダム群がせり上がっていくのです。
森の中の道を歩き1時間ほどすると、岩石が重なる右手斜面に素晴らしく白い沢が駆け下っています。
思わず手ですくって飲みたくなりますが、注意書きの看板に興ざめします。
清冽な沢水をやり過ごす
北アルプス・穂高連峰の涸沢カールは山小屋、テント場があり、そこから下る沢の水は衛生上、飲んではいけないというのが、学生の頃からのわたしの経験です。
目の前の沢の上部になにか人為施設でもあるのでしょうか。
(ほとばしる沢水なのに・・・)
山歩きで楽しみの一つは、斜面からこぼれる冷たい沢水を、何の疑いもなく喉に流し込むことです。
山の自然への信頼と心服のときなのですから。
(小さな雪渓そばで休む)
だんだんと木々が低くなり、まばらですが登山道沿いにも残雪があります。
岩に腰を下ろすと、微風がズボンの裾当たりが流れ冷気を足首に残していきます。
冬は大雪の日本海に近い北アルプスの立山や白馬岳なら、はるかに長大な雪渓があることでしょう。
南アルプスへの視線が変わる
ここらあたりから、俗界の垢が剥がれ落ちていきます。
ダケカンバの白っぽい幹が目立つと、もうじき植物はハイマツやごく細いダケカンバかナナカマドくらいになることでしょう。
黄色い花びらを広げる高山植物が斜面いっぱいに群落をなしています。
みごとです。
尾根に近づくと、登山道沿いの斜面にクロユリがうつむく花弁を広げています。
(色彩の宝箱から飛び出したような花々が斜面を埋める)
道すがら登山者は立ち止まっては、指さしをしながら、これはハクサンイチゲ、あれはアオノツガザクラ、あらクロユリも・・・などと楽しそうです。
午後1時過ぎには、肩ノ小屋につきます。
広河原~北岳のメインルートを7時間ばかり登った今、南アルプスへ抱いていた印象はがらりと変わっています。
(小屋前の賑わい)
途切れない登山者、連続する砂防ダム、飲用不適な沢水。
登山者が殺到する北アルプスの連山と大差がないのです。
北岳付近だけで目にできる高山植物キタダケソウは開花時期が過ぎ、小屋そばの生育斜面に案内看板があるばかりです。
山域全体としては高山植物が優れて豊富です。
肩ノ小屋付近は、どこか奥穂高岳の穂高岳山荘前の雰囲気すらあります。
(続く)