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【第8章】北岳から大井川源流、農鳥岳⑤~大井川源流の滴を喉に流し込む~
山行データ1997年7月19日~21日、45歳。単独。 新宿から夜行列車で甲府駅下車。 バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、 農鳥岳から奈良井へ下山 ...
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山行データ
新宿から夜行列車で甲府駅下車。
バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、
農鳥岳から奈良井へ下山。北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。
3,000m峰は北岳(3,193)、
間ノ岳(3,190)、西農鳥岳(3,051)の三座。
コロナ、五輪、大雨の2021年夏山
木曽駒山荘に二泊し、中央アルプス・木曽駒ヶ岳を周遊したのが7月。
直後の東京五輪は、理想の麗しさを野晒しにし、政治家の欲得と巨大スポーツ・ビジネスの二本柱が侵攻強行された感があり、すぐさまお盆休みを破壊する大雨が列島を長く襲うというのが、この8月です。
国外ではアフガニスタン、ミャンマーなど殺傷兵器を自国民に向ける政権が台頭しています。
世界規模コロナウイルスの蔓延は国内でも止まらず、二年ぶりに登山者を受け入れた南アルプス・北岳一帯の山小屋も、南アルプ市営施設は8月19日から9月20日まで閉鎖。
大井川源流の最初の一滴を間ノ岳に探訪した24年前には想像できない出来事です。
(大井川源流から下流を展望する=1997年7月)
現在の大井川には、もう一つ大きな状況があります。
大井川は真南に168㎞の流路を経て駿河湾とまじわるのですが、上部の地底を掘削しリニア中央新幹線のトンネルが通過するというのです。
大井川とお茶、「東海道五十三次」
南アルプスに静岡側から入山するには、河口に近い島田市などの市街から畑薙第一ダムまでクルマで山間部を大井川沿いに北上します。
東海道新幹線、東名高速道路、国道1号線などの交通網が集積する河口付近から方向が90度変わるわけです。
河口の市街には旧東海道の地名が残ります。
「蒲原」からは戸時代末期の浮世絵師・安藤広重の「東海道五十三次」の版画の記念切手シリーズの絵図を想起します。
武田家を絶やした織田信長もこの旧道を凱旋し、道中をもてなす徳川家康の入念な腐心もこの街道は記憶しています。
現代の流域斜面には緑色のロールケーキが並ぶように、茶畑が次々の広がります。
地域独特の農産物や下流の工業、流域の生活は大井川の水があればこそ育ってきました。
そこに浮上したのがリニア建設。
(リニアの建設図=静岡県のHPから)
東京品川と名古屋約290㎞を約40分でつなぐ、全線モグラ道みたいな路線が南アルプスの地下を抜けます。
静岡工区8・9㎞は、大井川の直下(最大1,400m)を横断。
ものすごい量の土砂が搬出されます。
静岡県のHPは、3つの代表的な懸念をあげます。
▼トンネル湧水による大井川の水資源への影響
▼トンネル湧水による南アルプスの生物多様性への影響
▼大量発生する残土による生態系、環境への影響
「地下トントンネル、待った!」静岡県知事の反旗
JR東海は私企業ですが、リニア建設は国策ですし公的資金も注がれています(3兆円の超低利融資)。
川勝知事は国策へ異議を申し立てます。
6月に行われた静岡知事選では川勝氏が実質推進派の対抗馬を破って4選。
川勝知事の意中には、大井川を迂回するルートの選定もあると伝えられる。
ほかの沿線自治体は諸手を挙げて建設賛成。
わたしの住む愛知県では、名古屋駅周辺の経済効果を期待した都市開発がすすめられます。
しかし、金色に染める経済発展ばかりを夢見る足下で、たとえば7月の熱海豪雨では大量の堆積土砂が流出し、下流で多くの犠牲者を出しています。
リニアトンネル掘削土砂が災害を起こさないよう、管理できるのか恐れるのは当然です。
川勝知事は「建設反対」とは言いませんが、自然環境=人を含めた生態系の破壊を見越しているのかも知れません。
(大井川の流域図=国土交通省のH・Pから)
一歩は一歩。立ち止まる勇気は?
「静岡放送(SBS)」の報道によると、リニア工事を念頭に自然環境の保全を考える「未来につなぐ会」が7月14日、発足。発起人は川勝知事ら。
設立総会には川勝知事や静岡市の田辺市長をはじめ学識経験者などが出席。総合地球環境学研究所の山極壽一所長を会長に迎え、南アルプスの保全活動について意見交換や連携を進めるといいます。
川勝知事はこう発言しています。
「リニア工事があり、南アルプスの自然への関心が高まった。狭い観点ではなく、地球規模でこの問題を俯瞰する」
総会後には、川勝知事が南アルプスを囲む静岡市の田辺市長や川根本町の鈴木町長と立ち話。
リニアの工事現場につながる道の安全性や残土置き場の確保などについて意見を交わしたそう。
(ガスに包まれた間ノ岳山頂。大井川はこの山から始まる=1997年7月)
リニア工事への危惧を、山好きの1人として筆者も抱きます。
大井川流域を横断し、地下1,400mに掘った長大なトンネルを、現代科学の集積機械が目にも止まらない速度で横行するのです。
自分の一歩一歩だけを頼る3,000m級の山歩きと何という違いなのだろう。
山歩きをしていると、市中とは異なった時空を思います。
デジタルを脱ぎ、スーパーアナログ。
時間節約、作業効率、経済利益にとらわれない、遠慮した働きかけが南アルプスのような大きな自然へのたしなみではないのかなと思えてくるのです。
時間泥棒を打ち払った少女の物語『モモ』や、文明破壊の先の再生と希望を描いたアニメ『風の谷のナウシカ』などは、そういうシグナルです。
突っ走るのではなく、歩いては休み/考え、また一歩を踏み出すのです。
キラキラ輝く大井川源流をあの日、大股に渡ったことを思い出します。
(続く)