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【第6章】唐松岳から白馬岳、日本海へ⑩~白鳥小屋と雨音~
山行データ2002年8月8日-12日。49歳。単独。 3,000m峰はないが、日本海~3,000m峰全山~太平洋の旅程から外せない。 栂海新道をたどり、二つの無人小屋に泊まりつなぎ、雨の ...
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山行データ
3,000m峰はないが、日本海~3,000m峰全山~太平洋の旅程から外せない。
長い尾根をたどる山旅が、日本海の親不知海岸にたどり着く。
祝福なのか、国道そばの登山道取り付きにたったとたんに、ドドッと雨が降り注いだ。
霧雨をさ迷うように下る
雨のような霧のような水滴が、まとわりつくように、濃く降り続いています。
日本海の重い湿気が地表の隅々まで行き渡ります。
白鳥小屋から日本海までは標高差1,200mを下り切る山道です。
気晴らしにもなり、励みにもなる広い展望が閉ざされ、どこまでも同じようなところを堂々巡りしているような気分です。
彷徨というには大袈裟ですが、閉ざされた一人きりの空間の移動です。
気分はひどく重くなりがちです。
(日本海へ最後の急坂の階段を下る)
けれど一歩一歩が刻々と踏み進む営みは、ふいにクルマが往来できる林道らしき道に至ります。
地図によれば、どうやら坂田峠。
里の気配が一気に強まります。
土砂降りの栂海新道登山口
時間にすればさほどのことではありませんが、<日本海を早く目にしたい>という思いに、視線は樹間に何か獲物を求めるように緊張しています。
ガスは目に見えるものを何もかも灰色の世界に統一しようとして、意地悪でも仕掛けられているかのようです。
しかし周囲の木々は無言で日本海への指標になっています。
すでにブナ林が背に高く遠ざかり、海辺の松林めく木々の山肌は日本海への接近を教えてくれます。
(白鳥小屋付近のブナ林)
そして、耳にかすかにあの音が間欠的に届きます。
耳を澄ませば、クルマの往来する音。
(『日本アルプスの登山と探検』(ウエストン著・岩波文庫)の掲載写真。『親不知(日本アルプスの北限)』との説明がある)
エンジン音。
疾走音。
機械文明のトップランナー。
海に奈落する親不知子不知の断崖をもくねくねと走る高速道路、寄せては返す騒音。
職場の後輩からは携帯電話が鳴り(たいした内容ではない・・・)、背中をどんと押されるようにして、急斜面に足を踏ん張って下ると、もう、山旅の終着点にきていました。
高速道路より低く、海岸に沿って走る国道そばが、栂海新道の登山口です。
土砂降りの歓迎を受ける
たどり着いた瞬間に頭上から落ちてくる、何という土砂降り。
驟雨、篠突く雨。
国道そばの旅客施設の庇を借りて、しばし雨宿りです。
激しい雨脚。
目の前の国道を往来する車という車の屋根が、散弾を浴びるように白く跳ね返っています。
その激しさに、ここからもうひと踏ん張り、という気持ちが奮い立ちます。
まだ海水には触れていないのですから。
痛い膝に、あと少し我慢してもらいます。
急なコンクリの階段をゆっくりと下って海岸線まで降ります。
降りきって見回すと、目の前に静かに打ち寄せる濁った海、両側と背を断崖に囲まれ、狭い凹地に立っています。
かつて、海岸線を歩くときの難所がこのあたりのよう。
海はどんより濁り、砂利と岩の海岸に打ち寄せるときだけ、波が砕けて白く泡立ちます。
山の子から海の子に
雨にぬれきった体です。
ままよ。
(唐松岳から五日目、日本海です)
雨具、登山靴のまま波打ち際を突き進み、ザンブラと海に膝まで入ります。
手に海水をすくい、二度三度と顔を強く洗います。
それが、この山旅の締めくくりです。
唇から塩気がピリッと浸透します。
透明感に乏しく、ぬるくて粘り気のある海です。
決して心地よくない汐。
それを肌に染み知る一瞬のために、唐松岳から歩いてきたのだと気づきます。
狭い海岸に、だれ一人としていません。
(濁った空と海、かつては命がけの難所という)
天気がよく、だれもいなければ、素っ裸になってひと泳ぎをやってみるか?考えていました。
山の子から海の子へ。
唐松岳からの日々の汗と垢の体を、日本海で洗い浄めることにもなるのでしょうが、濁った海と水温では気が乗りません。
再び波打つように雨が落ちてきます。
幼児めいた海水浴の思いを、あざ笑ってでもいるのでしょうか。
唐松岳からの縦走路を脳裏の地図に描いて足跡を慰安します。
(第6章終わり)
*次は南アルプスの章です。
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【第7章】南アルプス越え~これまでのルート㊤~
山行データ富山・新潟県境の日本海から長野県伊那谷の高遠まで、標高3,000mを超える峰々を歩きつないで来ました。 太平洋の静岡県・田子の浦までのほぼ半分。 北アルプス、中央 ...
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