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【第8章】北岳から大井川源流、農鳥岳④~花園にはわけがある~
山行データ1997年7月19日~21日、45歳。単独。 新宿から夜行列車で甲府駅下車。 バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、 農鳥岳から奈良井へ下山 ...
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山行データ
新宿から夜行列車で甲府駅下車。
バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、
農鳥岳から奈良井へ下山。北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。
3,000m峰は北岳(3,193)、
間ノ岳(3,190)、西農鳥岳(3,051)の三座。
大井川源流がしみ出す間ノ岳
間ノ岳山頂一帯を広く大きく包み込むのは静けさです。
ここまでに目についた登山者は、中白根山あたりで女性6人連れ、夫婦とおぼしき2人、いずれも中高年です。
遠目にはきれいでなだらかなラインを引いていた間ノ岳ですが、頂上付近は砂地や岩砕がてんでに散らばります。
手帳にスケッチをすると、白い花びらのハクサンイチゲの小群落が異彩を放ちます。
大井川源流の頂のアクセントです。
この頂にしみこん天水が源流に輝くのだと想像します。
三峰岳へつながる小尾根を行くにつれて左手に凹む鬱蒼とした森林の底を大井川が流れているはずです。
ほぼ真南にV字状に広がっていく尾根に挟まれた一帯は静岡県の行政区域。
製紙業の私企業の所有です。
この二つの事実は、わたしには新鮮です。
静岡県と南アルプスのつながりが希薄だからです。
南アルプス=「静岡の山」という発見
北アルプス=長野県の山(槍穂高、白馬)、あるいは富山県の山(立山黒部)という強烈な存在感があるのに、規模や高峰などで北アルプスと並べられる南アルプス=静岡県という等式が浮かばないのです。
しかし、この機会に、「南アルプスは静岡の山」(長野、山梨の山と同列に)と認識を改めます。
地図を広げれば南アルプスは圧倒的に静岡県に広がっているのですから。
著名な塩見岳や赤石岳、聖岳などが静岡県の山であり、同時に長野県と県境尾根になっている。
そして、このくさび形の地域・山林の所有者が東海パルプ(現在は特殊東海製紙)。
特殊東海製紙のHPによると、東海パルプは明治時代に財界人大倉喜八郎がこの山域を購入し事業展開しました。
わたしが今、最北端から視界に納めている一帯です。
井川山林と呼ばれます。
(三峰から南へ下る。源流への横断地点が近い)
井川は大井川奥地の小地域。
聖岳、赤石岳などの入山時に通過する地域があります。
特殊東海製紙には事業部門に特殊東海フォレストがあり、ここが南アルプス登山向けの事業をしています。
フォレストのHPを見ると、2021年夏山対応は静岡県有山小屋6施設 (千枚小屋,荒川小屋,赤石小屋,小河内岳避難小屋,中岳避難小屋,赤石岳避難小屋)、静岡市有山小屋3施設 (熊の平小屋,百間洞山の家,高山裏避難小屋)は営業しないとあります。
私企業と3000メートル峰
昨夏に次ぐ判断は、新型コロナウイルスが影響しています。
山小屋施設は公有、運営は私企業という仕組みです。
国立公園である南アルプスの自然は多くの人たちに開かれています。
一方で、静岡県にある私有地です。
自然という公共財の利用と私的権利との整合性をとるために、公有私営という制度を編み出したのでしょう。
白山登山でお世話になってきた避難小屋も公的(つまり税金)な施設ですから、広く見れば健康福祉政策でもあるのでしょう。
それはさておき、「南アルプスはわが山岳」というふるさと意識は、静岡の人たちにどれほどあるでしょうか。
日々目に親しい山岳かどうかは、「ふるさとの山」と思えるかどうかを決定する大切なポイントです。
北アルプスの立山連峰の富山はどうでしょう。
富山平野からは、剣立山などが圧倒的な力強さと大きさです。
よく晴れた残雪の春の日など、剣立山は心底ほれぼれします。
(夏の日の夕方。富山湾の向こうに剣・立山が連なる=氷見市から)
上高地・槍穂高連峰の玄関口である松本は「岳都」を自称します。
世界遺産富士山は静岡県側から全体を仰ぎ見ることができるので、「わが山」という意識を抱くことでしょう。
しかし内陸奥にある南アルプスの3,000メートル峰の一つものぞめません。
今回の山旅から数年後に静岡県浜松市に転勤したのですが、井川山林を巡る現下の見聞は南アルプスに静岡側から入山することの自然さを思わせてくれました。(この山旅は次章の予定)
一時間半ほどで着いた岩の小さな頂は三峰岳。
(源流地帯横断。井川山林が両側に)
標高2,999m。
名峰の名をほしいままにする北アルプス剣岳と同じ。
堂々たる標高を誇り、名前もまずますだというのに通りすがりの道標のようです。
全国の山岳の標高リストからも外れているようです。
独立峰として扱われていないのでしょう。
不遇な山というのでしょうが、こういうサイドプレーヤーもいなくては。
地味な三峰岳、輝く源流
そこからバカ尾根を少し南下すると左折し源流の横断道です。
源流はひとまたぎできるほどの小さな流れです。
急峻な岩の斜面を透明に輝き、おしゃべりな小鳥の群れが飛び去るようにして駆け下っていきます。
ハイマツの孤立した株が岸の斜面にへばりつき、水際には盆栽みたいに小さなナナカマドが数株あります。
少し離れてハクサンイチゲが白い!
無機質な源流部に色彩を彫り込んでいる。
源流の流れには、新しい生を予告するときめきがあります。
イワヒバリが一羽、縄張りへの侵入者への威嚇か偵察なのか、ひょいひょいとわたしの回りを飛び跳ねます。
(ここが大井川の始まり。白い流れが岩の間を駆け下る)
雨粒が一つ二つ肩に。
空があやしい。
とびきり冷たい源流のお裾分けを喉に流し込みます。
元気の源です。
岩にぶつかりながら白く飛散する流れの筋は、狭い谷にすとんと切れ込んでいきます。
谷はすぐに二つの尾根に挟まれた森林の中に隠れます。
その先のはるかな旅の終わりが太平洋。
雲が低く遠い太平洋は望むべくもありませんが、水の旅をぼんやりと想像するのも、山旅ならではのひとときです。
(続く)