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【登山余話15】南アルプス小太郎山、広河内岳~脇役の夏㊤~
山行データ 2021年8月26日―9月1日、68歳。単独テント。 名古屋から山梨県奈良田で駐車。広河原から入山。 北岳、間ノ岳、農鳥岳が主稜線。北岳の北にある小太郎山、農鳥岳の南にある広 ...
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山行データ
2021年8月26日―9月1日、68歳。単独テント。
名古屋から山梨県奈良田で駐車。広河原から入山。
北岳、間ノ岳、農鳥岳の3000m峰をたどり、北岳の北にある小太郎山(2725m)、農鳥岳の南にある広河内岳(2895m)を訪ねる。大門沢から奈良田へ下山。
喧噪から一夜が明ける
北岳テント場が朝の気配です。
こちらはもう一泊するので、薄暗いうちからキャンパーの会話やバサバサとテントを畳むのを耳にし、ようやく明るくなりきってからテントのジッパーを解きます。
密集していたテント場は、モ抜けの殻みたいです。
昨夜小用でテントの外から見下ろした甲府盆地はしらっとしていて、市街の天を覆っていた星屑にとってかわる青空に、小さく白い月が所在なげです。
北岳が静けさを取り戻す一日が始まっています。
(昨夜の余りを利用して、朝食は雑炊ラーメン。奥に富士山がポッカリ)
今日は小太郎山までの往復だけなので、軽食のパン、水筒などを持つだけで、いたって身軽です。
7時過ぎに歩き出し下山者たちと前後しながら昨日の尾根を下ります。
昨夜のテント派、小屋泊まりの人たちが続々と広河原へ引き返しています。
北岳を越えるコース取りで広河原へと下る人もいることでしょう。
コロナ蔓延の制限の中で、貴重な土日を最大に堪能したことでしょう。
岩の急坂を下る先に、小太郎山との分岐を遠望します。
小さな男の子とお父さんの姿があります。
小太郎少年?と遭遇
尾根を右に下ると、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳は尾根の壁に遮られてしまうので、最後の大観を目に焼き付けているのでしょうか。
男児の背にはぺしゃんこなりに、小さなリュックが張り付いています。
「ぼく、がんばったんだねえ」
「がんばった!」
「いくつ?」
「五つ!」
小気味よいほどにハキハキしています。
「昨日から一泊二日で下山ですか?」
顔立ちがよく似たお父さんは、ニコニコしてうなずきます。
男の子の名前は小太郎?
(分岐に父子とおぼしき2人。奥に甲斐駒ヶ岳。小太郎山は景色に沈む)
というのは後で空想した物語です。
幼い子供連れの登山というのは骨が折れるものです。
わたしの子供(長男、長女)が小学生時代の夏に、北アルプス五色ヶ原へテント泊でつれていったのですが、長男が愚図る、めそめそすると、ほとほと手を焼きました。
5歳のこの子は、昨日の登りはどうだったのでしょう?
この爛漫さからは歯を食いしばるタイプを想像します。
北岳を親に見立てて、英語で息子の命名する junior にあたる小を付してもいいような小太郎山の位置取りです。
この父子への連想でもあります。
意外に遠いなぁ、小太郎山
父子に挨拶して分かれてからは、明瞭な一本道を下る尾根の先にあるピークが小太郎山。
地図によればピークは野呂川を挟んで甲斐駒ヶ岳と向き合います。
2,725mの山頂は、分岐から見てもまったく目立たず、背後の白い甲斐駒ヶ岳ばかりが大きい。
小太郎山を取り囲む3,000m級の北岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、地蔵岳は相貌や肉感ともに、圧倒的な存在感なのです。
小太郎山はその中心に低くちょこんとあるばかりですから、登山者の視線は小太郎山の頭上を滑ります。
ところが一本道は歩いてみると、けっこう高度差のある上り下りで、楽ちんとはいきません。
高山のハイマツや砂礫、岩の間を下れば小さい樹林帯(つまり相当下った)を抜けて再び登り返すので、相応に体力を消耗します。
見た目よりも登下降があり、岩稜も森林地帯もある北アルプスの蝶ヶ岳~常念岳の道のりみたいです。
小太郎山は小粒だが、ピリリと存在感を誇示しているのです。
(小太郎山は奥の尖った岩のピークを越えた先)
岩が折り重なったニセピークからもう一度下り上って、やっとのことで小太郎山の山頂です。
(小太郎山への途中、視界を得ると北岳が高い)
ここから、北岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、地蔵岳を90度ごとに配置して仰ぎ見回すのです。
足下には野呂川が直角に進路を変え、南下していくのが確認できます。
南アルプススーパー林道の道筋もよく分かります。
ここは、円形の野外劇場の底に立っているかのようです。
演者は聴衆の注目を一身に集めます。
小太郎山は演者として、人気の山岳群を引き締める中心軸の役を、地味に担っているのです。
小太郎山と、コマクサの燕岳
あらためて、北岳の盛り立て役を心得たような遠慮した山です。
しかし標高2,725mというのは堂々としたもので、北アでスター級の燕岳(2,763m)とほとんど同じなのです。
けれど、登山者の関心は雲泥の差です。
昨夏も訪ねた燕岳ですが、中房温泉から尾根に出てから1時間もかけずに緩やかに登れます。
白い花崗岩の風化による造形や、砂地に咲く高山植物の女王と称えられるコマクサを足下にしながらの遊歩を楽しめます。
(燕岳のコマクサ=2020年)
(燕岳山頂付近から槍ヶ岳を右奥に遠望する=2020年)
燕岳は周囲にそれをしのぐ山頂が独立峰なので、白い瀟洒な面立ちが否応なしに際立ちます。
谷向かいに黒部奥地の山々や、縦走ルートでつながる槍ヶ岳の偉容を燕岳の漫歩は用意してくれます。
人気があるはずです。
ところが、燕岳の北へ足を伸ばすと北燕岳があって、こちらは急に人跡が薄くなり静けさと向き合います。
北岳と小太郎山の関係みたいです。
小太郎山に燕岳の華やかさは不要です。
北岳からの下山の時間つぶしに、あるいは気まぐれに、あるいは曰くありげな山名を妄想する現場に立つことで十分です。
(白いガスが東斜面を覆う北岳とテント場=二日目の午後)
帰って行く北岳が遙か高く仰ぐほどです。
分岐に戻るまでに出会ったのは、合わせて10人にも満ちませんでした。
(続く)
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【登山余話17】南アルプス小太郎山、広河内岳~脇役の夏㊦~
山行データ 2021年8月26日―9月1日、68歳。単独テント。 名古屋から山梨県奈良田で駐車。広河原から入山。 北岳、間ノ岳、農鳥岳の3000m峰をたどり、北岳の北にある小太郎山(27 ...
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