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登山余話 登山記録

【登山余話4】山の日と八郎坂(中)

前回の余話
八郎坂登り口
【登山余話3】2017山の日と八郎坂(上)

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称名新道から八郎坂へ

八郎坂命名のいわれと、山岳ガイド佐伯八郎の人となりの手がかりは、いくつか見当たります。

まず、命名から。

 

『立山黒部の歴史と伝承』(桂書房・廣瀬誠)が、一項をさいています。

 

廣瀬さんは富山県立図書館長などを歴任した郷土史家。

その考察は新聞記事など出典を明らかにしています。

 

新道工事(大正十三年)には、富山県電気局の存在があります。

電気局担当者が工事の実地踏査、工事監督の督励をしているというのです。

 

立山博物館の記事(前回)にはない電気局が目を引きます。

 

当初は「立山への新道」とあるのみで、固有名はない。

次に称名新道となり現地らしくなる。

 

次いで、登った軍人の名をあてて深水坂

称名滝の展望がよいことから、滝見坂ともあてる。

 

昭和に入ると、称名新道、称名坂が出てくる。

黒部渓谷を狩歩し紀行文を残した冠松次郎が称名新道と記し、また称名坂と記す書物もある。

 

称名坂が一般に浸透していきます。

ただこの間にも八丁坂(八町坂)と呼ぶこともあった。

 

そして、いよいよ八郎坂になるわけですが、きっかけは次のようにあります。

 

「昭和十一年十一月十四日、芦峅の名ガイド佐伯八郎が有峰の工事場で事故死を遂げた」(『立山黒部の歴史と伝承』桂書房・廣瀬誠)

 

故人をしのぶ地元山岳会の指導者が八郎坂と呼び、命名の標柱を打つ寸前までいったが、戦時下、さたやみになったというのです。

 

八郎坂命名の一考察


(称名の滝音のとどろきを背に、八郎坂を登る)

 

<八郎本人は、八郎坂の名称を知らない>ことになります。

自分の名が冠されることへの感想を持ちようがありません。

 

佐伯八郎を追慕する命名であることは動きませんが、八郎と八郎坂とのつながりは曖昧模糊としたままです。

 

営林署の仕事をしていた八郎が開拓した道のように記すものもあれば、この登山道を初めて案内したのが八郎であるという一文もあるそうです。

 

立山博物館は、軍用道路として開削されたと記していました。

廣瀬さんの考察には軍用のぐの字もない。

軍人が利用したというのがせいぜいです。

 

富山県電気局が工事当事者、と見るのが穏当ではないでしょうか。

となると、軍用目的というのは、適切な見方でしょうか。

 

戦争の時代に立山の剣岳が軍隊の訓練場になり、軍隊剣などと呼ばれる一峰もありました。

 

八郎坂を軍人が利用したことは大いにあり得ますが、新道の主目的から、軍用は遠いかも知れません。

 

では電気局は何を目指していたのでしょう。

それは、水力発電所建設の適地選定のためのもの、もしくはそれに類するものです。

 

現に称名滝の下流には、電気局が開発した称名発電所が、昭和8(1933)年10月に運用を開始しているのです(現在は北陸電力が所有)。

 

八郎坂開削と時期は合うのです。

 

(続く)

続きの余話
北薬師岳付近
【登山余話5】山の日と八郎坂(下)

  八郎の死 立山称名滝ちかくの八郎坂命名の由来は、立山ガイド佐伯八郎にちなむことは、すでに見ました。 八郎の死を悼み、その功績をたたえるためでした。     八郎の死。 ...

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは9年目(2024年4月現在)

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