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【登山余話24】富士山は見えず・・・石割山、竜ヶ岳(2025年6月1,2日)
山中湖に集う ここ10年余、5月になると1泊2日(土日)で富士五湖の一番東にある山中湖畔に、東京周辺に住む卓球仲間と集まり、わいわいと卓球合宿をしている。 退職後に関東を離 ...
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山行データ
■越百山でライチョウ生息確認
越百山(2,614m)でライチョウに会おうじゃないか!
ところで、越百山ってのは、どこにある?
山好きならだれでもが知っているというほどの知名度はない。
わたしにしても、ここ数年中アに集中した流れで行き着いた一座だ。
百名山だ、3,000m峰の槍穂高だ、剣立山だと真夏に熱視線を浴びる山岳に比べればまったく地味な存在だ。
中ア南部の百名山・空木岳(2,864m)から南へ縦走し南駒ケ岳(2,841m)、仙崖嶺(2,734m)の次のピークといえば、だいぶちかしいはずだ。
木曽側から入山すると、山頂まで1時間ほどの鞍部に赤い屋根の素朴な越百小屋が立っていて登山者に便宜を図ってくれる。
(伊奈川ダム下流から取り付く)
そこへの山旅は、静寂の森林をひたすら登る。
自分の登山靴が踏みしめる砂利や、枯れ枝から立ち上がる音がやけにくっきりと耳に飛び込む。
初めて越百山を越えたのは2024年夏、空木岳から南下する3泊4日のテント縦走によって。
単独のこの山旅では、越百山を通過したのちも南下を続け踏み跡さえあやふやなブッシュ帯を漕いで奥念丈岳(2,303m)へと至り、さらに南下する山域の森林を逍遥した。
その味わい深さはまた機会を別にして記そう。
その余韻を受けて25年は木曽側の伊奈川ダムの手前を起点に、越百山・南駒ケ岳を周回してやろうと思っていた。
(登山口まで土木工事が数か所で)
そこへ、中アのライチョウ生息が越百山まで広がったとの朗報である。
願ってもないめぐり合わせだ。
ライチョウとの遭遇は、いつも山行を印象深くしてくれてきた。
最後にライチョウと出会ったのは、数年前の夏の立山の浄土山(2,831m)だったか。
絶滅から復活した中アで、初対面になるライチョウ家族にあいさつにいこう。
半世紀以上前のライチョウとの遭遇から
氷河時代の生き残りだというのが第一の知識である。
日本では3,000メートル級の山岳のみが、わずかに氷河時代の自然を見せてくれる。
半年は風雪に支配される厳しい高山帯で生息する戦略を繋いできた野鳥である。
思い返せば、50年以上も前の学生時代の荒天の前触れで曇る午後、北ア・五色ケ原近くがライチョウとの初の出会いだった。
砂地の縦走路のど真ん中に母ライチョウが座り込み、周囲を5~6羽のひなが踊りの輪のようにぐるぐるしていたのだ。
まるで円舞を楽しんでもいるかのようだった。
入山して7、8日目で、4人のパーティにどこか倦怠と、イラっとした雰囲気を感じるときに、一瞬にして和やかな空気が生まれた。
その後も夏の北ア・立山、唐松岳(2,696m)や南ア・悪沢岳(3,141m)などでライチョウと出会ってきた。
高山植物の間や石や岩の間をとことこと歩き、こちらとの距離を絶えず数メートルくらい維持する警戒感と人懐こさの間が絶妙なのだ。
中アではわたしが学生時代の昭和40年代後半には、ライチョウの絶滅が確実だったらしい。
(越百山山頂から南駒ケ岳方面を展望)
最近になってライチョウの復活事業が木曽駒ケ岳(2,956m)を起点に何年か続けられていて、確実に生息域を広げてきているーーというのが、前年までの流れだった。
南駒ケ岳での目撃例を、前年わたしも登山者から直接聞いている。
越百サーキットという趣向
今回のコースは一泊二日が標準というが、一日で歩き終えてしまう山行が珍しくない。
<越百サーキット>と呼ばれるようだ。
<●●サーキット>というのが、ちょっとした流儀、あるいはファッションらしい。
机上例だが、上高地を出て梓川沿いに涸沢カールに入り、北穂高岳・奥穂高岳・前穂高岳・岳沢を経て上高地に戻るというものだ。
(森林の中を歩く)
夏に天気の条件がよく、山歩きに習熟し、体力抜群でなければ無謀であろう。
そのような登山者(と呼んでいいのか躊躇するが)を見てきた例で言えば、半ズボンにリュックはごく小さく、おそらく水筒と軽量の食べ物くらいしか入れていないのではないか。
いざというときのためにヘッドランプは必携だとは思うが、中身を見せてもらったことがないので細部は知らない。
半ズボンなので、ハイマツの枝先や岩にこすって、膝から下にいくつもの擦り傷、切り傷によって出血が生々しい姿も目にしてきた。
伊奈川ダムを起点とした<越百サーキット>は、夏の日の出・日没の時間でおさまるようだ。
体力・脚力に一抹の不安もない学生時代ならともかく、72歳のテント泊となると一泊二日ですら不安、念のため二泊三日の食料を背負う。
サーキットの女性はウサギの早足
わたしと同時刻に出発した、関西ナンバーの車の単独女性(40歳前後か)が<越百サーキット>の入山だった。
リュックはうらやましいほど慎ましやかだ。
ひぃひぃ言いながら着いた越百小屋の外で、腹を足しつつ小屋の方に聞くと、その女性は思いのほか軽快に小屋まで来られたと感想を残していったそうだ。
こちらは最後の水場で水を4リットルばかり補給して、リュックがいっそう重くなっている。
(4リットル近い水がぐっと重くなる)
缶ビールやら、アルコール系が約3リットル、はなから収まっているので。
<終日好天>の日である。
その女性は今頃南駒ケ岳あたりまで早足ウサギのように跳ねているのだろうかと、北へ続く尾根を仰ぐ。
わたしはカメかカタツムリに徹するのに躊躇しない。
(ライチョウ家族の棲む山頂が目の前に)
小屋からさらに1時間、樹林帯を抜けて、ハイマツや砂地の高山帯に出ると山頂の標識が立っている。
明るく開けた砂地とハイマツの山頂あたりを見回しても、ライチョウは見当たらない。
明日のライチョウとの出会いを楽しみにしよう。
伊那谷が足下に。
開けた市街ばかりか、高速道路を行き交う車両が小さく一台一台くっきりと見分けられる近さに驚くばかりである。
(伊那谷の向こうは雲海の上に南アルプスが並ぶ)
振り向く木曽側は波打つ森林の樹海である。
(続く)