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北アルプス 登山記録 第3章[上高地-御嶽山麓まで]

【第3章】上高地・焼岳・乗鞍岳・御嶽山麓まで①~歩行者は邪魔、らしい~

 

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列車
【第2章】最終回 中央アルプスを越える⑦~駅そばの小景~

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山行データ

50歳。2003年8月6~11日。
6日は上高地から焼岳経由、坂巻温泉付近の旧道でテント、7日は乗鞍岳登山道そばでテント、8・9日は台風の影響で山小屋、10日に乗鞍岳を越え阿多野郷へ下り、車道へ転じて開田高原の川そばでテント、11日帰京。
★標高3,026メートルは国内19番目

 

 

就職が決まった大学生の息子と

台風10号がくる気配ですが、会社勤めの身に休暇は簡単に変更できません。

 

上高地から乗鞍岳を踏んで、できれば御嶽山をも歩き越え、木曽福島駅まで行ってしまいます。

欲張りは承知、体力と相談の計画にしました。

 

この山旅は大学4年の息子K(21歳)が同伴です。

Kはマスコミ系への就職が決まったばかりです。就職後は取材合戦の毎日です。

 

のんびりとした夏休みはこれが最後、私との山歩きもこれでおしまいでしょう。

 

2人で浦安の居酒屋で腹をこしらえ、新宿から夜行列車、松本で早朝に乗り換え、上高地には7時過ぎに着き、河童橋のほとりで木製のテーブルに腰かけて朝食にサンドイッチをこしらえます。

河童橋
(河童橋から焼岳を見る。2014年9月)

 

「我が家の登山文化は、一代で終わりだね」

 

とにやけます。

決して山好きではありませんが、誘えば「あぁいいけど」と付き合います。

学費・生活費を送ったことへのお返しなのかも知れません。

 

「家庭内奨学金込みの仕送りだから、就職後には月に3、4万円とか、返せ」

 

と言ってあります。

 

初めての山に連れて行ったのは、当時住んでいた北海道苫小牧の幼稚園時代、樽前山(1,041m)ですから、火山に始まり火山で締めくくることになります。

 

混雑の上高地を逃れ

上高地に来るたび、河童橋界隈はやかましい。

 

排気ガスによる大気汚染などの環境破壊の対策にマイカー入山規制が始まって、もう何年たつでしょう。

それでも、すごい混雑です。

 

曇り空ですが、きょうも梓川や穂高連峰を背に記念写真です。

軽装の観光客と重いリュックの登山者とがごちゃごちゃです。

 

焼岳(2,455m)への登山道に入ると、登山者が意外に多いのに驚きます。

若いカップル、頼りなげな大学ワンゲルグループ、もちろん中高年のおばさまたちも欠かせない一景です。

焼岳尾根へ
(焼岳の尾根が近い。森が消え、ササが斜面を覆い、灰白色に立ち枯れた木の幹が散らばる。火山性ガスや火山特有の土の性質から限られた植物しか育たないのではないだろうか)

 

焼岳噴火口
(焼岳山頂。火山性ガスがひっきりなしに噴出する)

 

上高地周辺には森が繁っていたというのに、焼岳山頂部に樹木はなく、むき出しの荒れ地と岩です。

 

黄ばんだ噴気孔からシューシューと勢いよく吹き出しています。

活火山というのは、どうにも不気味です。

 

早く立ち去ります。

 

中ノ湯へ下りかけてすぐ、300メートルくらい先下の登山道付近にクマらしい黒い動物が動くのを見ましたが、幸い何事もなく通り過ぎ、中の湯で汗を落とし、その夜は坂巻温泉そばに旧道を見つけてテントを張りました。

 

上高地への道はどんどんよくなっていますが、山肌には旧道(廃道)があちこちに残っているのです。

 

歩くと邪魔なようで

少し時間は戻ります。

中の湯には頑丈なゲートがあって、警備員が車の通行を監視しています。

 

安房峠上高地への分岐になっていて、上高地へのマイカー規制がここからなのです。

上高地・ゲート

 

釜トンネル方向を写真に撮ろうとしていると、制帽をかぶった年配の警備員が寄ってきて、

「バスに乗らないんなら、ここに立たないで。バスが勘違いするから。ここ、バス停になってるから」

 

場所がら焼岳にならって、頭から湯気をたてて怒鳴り返すべきだったでしょう。

 

そこに立っていたからといって、邪魔者扱いされる筋合いではありますまい。

 

警備員はうまい間合いでもって、さっさとゲートに戻っていきます。

 

おいかけて襟首をつかまえるのも50男のふるまいではありますまい。

しかし、ものでもあるまいし、もう少し気の利いた対応はないものかねぇ。

 

テントの中はシアワセな食事

腹を立てれば腹がすきます。

テントに潜り込んで食事と酒盛りです。

 

Kはうわばみです。

小雨がパラパラとフライを打ちます。

 

「やっぱり、これだと思っていた」

 

Kがにやりとします。

お定まりの牛スジ鍋です。

 

下ごしらえした冷凍牛スジにコンソメ、キムチ、白菜、水を足してぐつぐつ煮込めば出来上がりです。

 

アツアツの牛スジに冷えたビールをぐいぐいやれば、極上、絶品、シアワセのひとときです。

テントの中は異様に蒸し暑くなってきて、上半身裸になっても汗が筋になってしたたり落ちます。

 

「ビールが、そのまま汗になっているみたいだ」

 

息子があきれます。

その夜はシュラフにくるまるのも暑く、脱ぎ捨ててしまいました。

 

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見晴峠
【第3章】上高地・焼岳・乗鞍岳・御嶽山麓まで②~白骨温泉とクルマの恐怖~

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは9年目(2024年4月現在)

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