北アルプス 登山

第6章 唐松岳から白馬岳、日本海へ⑧~雑魚寝のち、山頂~

 

山行データ

2002年8月8日-12日。49歳。単独。3千m峰はないが、日本海~3千m峰全山~太平洋の旅程から外せない。小屋にはそこそこに登山者が宿をとるが、夜更かしまで長引く耳元の雑談は、楽しい寝物語とは限らない。翌朝の山頂ではへまな一幕を招いてしまう。

 

日本海をそこに見る避難小屋

雪倉岳(2,610m)の避難小屋に着きます。

ここから山頂までは1時間くらいの登りです。

床張りの中はしっかりしていて、10人以上は泊まれそうです。

日本海を目指し朝日岳栂池新道を歩く人々には、ほどよき位置にあるお助け小屋です。

テント派のわたしは小屋でなくても、何の不自由もありません。

けれど、環境への配慮から国立公園内のテントサイトは指定されています。

富山湾

数人の先客にあいさつし、隅っこに居場所を確保。

改めて外に出て小さな砂山のような頂に立つと西が大きく開け、富山湾魚津市あたりが手を広げたように足元に広がります。

家の一軒一軒の屋根まで識別できると言うとうそですが、この山旅の最終到達点の日本海を強く感じます。

胸がブルッと震える思いです。

少し早いですが、十分に明るいうちに食事をすませます。

肉団子とビールが主です。

テントに中で食事をするのと違って、小屋の中は常にお互いの視線があります。

そばの若いカップルが、ヘエェ、こういうふうに山の食事をするんだ、というような会話をしています。

ちょっと落ち着きません。

 

山小屋の同居人との時間

テントの中で一人何をするでもなく過ごす時間と、絶えずお互いの存在があるこういう時間とでは、同じ時間でも感じ方が違うようです。

テントの一人旅の自由さを尊く思うのです。

早めに寝袋に入ってごろごろしたり、薄暗がりの戸外に出て日本海に夕日が沈むのを眺めたりします。

そして夜気は恐ろしいほど素早く降りてきて寒さに震えます。

鉢ヶ岳
(避難小屋から鉢ケ岳を振り返る。縦走路は、山すそを巻いている)

小屋には後続の登山者が着いて十人以上にはなっています。

やはり、中高年が多い。

めいめい明日に備えて寝袋にくるまりますが、すっかり暗くなってからも男性二人の会話が続きます。

二人は初対面ですが、一人がひとかどの山歩きらしい物言いをし、お酒の勢いもなかなかです。

谷川岳のどこをどう登って、おれはそこで何々なのだと・・・

「来るときはおれを頼ってくれ」 みたいに・・・

その二人の間では、ゴォゴォと炊事用のガスストーブが青白い炎をたてて、わたしの位置から見える小屋の壁に影絵のような薄灯りが揺らいでいます。

そのうちリュックの荷造り(?)が始まり包装袋がパリパリと鳴ります。

「夜のうちにやるのが、おれのやり方なのだ」と聞こえます。

<今からでも、外でテントを張ろうかな・・・>

イライラと何度もそう思っているうちに寝入るのに成功したようです。

 

毒々しいほどの朝焼けの空

翌朝。

夜が明け、登山者がめいめいに出ていきます。

どこか不機嫌、よそよそしく見えるのは朝が明るいからでしょう。

夜の暗さにそそのかされて陶酔の物語を遊んだ人たちは、刻々と明るくなる大気に諭されて、伏し目がちになっていくように感じます。

小屋からはいきなり登り斜面です。

まだ体が半分ほど寝ているような感じ。心臓が何倍も大きくなったようにバクバクします。

雪倉朝焼け
(新潟県の方面の山々に夜明けが始まる。天気の崩れを予想させる雲が垂れ、太陽がドロンとしている)

朝焼け
(朝焼けの雪倉岳が黒い。朝焼けの色彩が空に乱れる)

朝焼けが気がかりです。

赤、紫、青、黒の絵の具を塗りたくったような荒れた空色です。

明るく鮮血が広がるようなあたりに、太陽があるのでしょう。

こういう朝焼けは、乗鞍岳山頂に近い夏の朝で経験しています。天気は確実に悪くなっていく。

足元で微風に震えているのは、明るい空色のマツムシソウです。

心臓はどうやら、普段の仕事を始めています。

 

わざわいを招くカステラ

まるくなだらかな山頂に何人かが腰をおろしています。

隣の関西弁の中高年の男女3人が、お茶と、カステラ(?)を用意しています。

カステラはしっかりとしたプラスチック容器に入れてあり、よく日焼けした女性が取り出すところです。

その用意周到と洒落た一服のとりかたに感心して、ふと感想を。

「いいですね、おいしそうですねぇ」

褒めたつもりのこれがいけなかった。

「いやぁ、ややわぁ、そんなんに言われたら」

「・・・?」

「そんなんに言われたら、食べられへんわ。なんやったら、食べます?あげますわ」

「??そんなつもりじゃ、全然ないです。いただきません、いりません。おやつ、持ってますから」

わたしは弁明に追われます。

カステラこそ持ち歩きませんが、飴やチョコ類は普通にパックしています。

湯を沸かせばコーヒーはいつでもたしなめます。

とんだ地雷を踏みました。雪倉岳の山頂で交わす話題ではありません。

この山行の後は、山小屋外のテーブルで見知らぬ人と一緒になり、間食、飲み物などを相手からすすめられることがあっても、遠慮しています。

好意とわかっていても。トラウマですね。

 

(続く)

 

 

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは5年目(2020年4月現在)

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