北アルプス 登山記録

【第5章】槍・穂高から上高地へ⑤槍ヶ岳山頂の夏模様

 

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【第5章】槍・穂高から上高地へ④槍沢の夜に星が降る

    山行データ2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。 上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。 ★3,000m峰は槍 ...

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山行データ

2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。
上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。
★3,000m峰は槍ヶ岳(3,180)、大喰岳(3,101)、中岳(3,084)、南岳(3,033)、北穂高岳(3,106)、涸沢岳(3,110)、奥穂高岳(3,190)、前穂高岳(3,090)の8座を数える。

 

 

山小屋にビールの自動販売機

槍沢のテントは登山道のとなりです。

ヘッド・ランプの明かりがテントをまばらに照らし、ザッザッザと砂利を踏む靴音が、わたしの耳元を過ぎていきます。

 

登山者らが、まだ薄くらいうちから槍ヶ岳山頂を目指しているのです。

静寂な一夜が明けて、また新しい一日が始まります。

 

わたしも寝袋をたたみ、荷物をまとめ、リュックを背負います。

 

前の急なジグザグを行くヘッド・ランプのあかりが、ゆらめきながらどんどん高度を高めていきます。

 

長い槍沢が一足ごとに急傾斜になります。

遠くない斜面から、カンカンカンカンと乾いた音が響いてきます。

 

落石です。


(槍沢から槍ヶ岳への道のり。山頂は見えない=2015年9月)

 

落下の軌跡は見えませんが、アタマに直撃でもされようものなら落命しかねません。

大声で落石発生を前後の登山者に警告します。

 

九十九折りの、草木のないガレ場を我慢して槍ヶ岳山荘です。

 

全体の構えは30年前の雨の日に宿泊したときのままですが、玄関に入ってみると様子が違います。

ひとことで言えば、マチ中の雰囲気。

なぜ?おそらく玄関そばに、四角いビールの自動販売機が立っているからでしょう。

 

山頂の二つの鉄はしご

マチが3,000m級の日本アルプスに迫り来る現実を思いつつ、山頂を踏んでおきます。

 

垂直に近い壁面には、30年前と同じく鎖などが要所にあって危険は感じません。

難関は山頂手前の、体を空中に投げ出す一カ所だけです。

 

けれど槍ヶ岳山頂の真下には、長さ10mほどの鉄はしごが並んでいるではありませんか。

登りきればてっぺんです。

 

一つが登り用、もう一つが下山用。

記憶にあるルートの方へ行ってみますと、先が切れています。崩壊した?

 

「確かこっちだったのだが・・・」

 

数人を率いる中高年男性の小声が近くから聞こえます。

わたしと同類、往年の一派ですね。

 

今や、二つの鉄ハシゴなしには山頂を往復できないのです。

 

賑わう山頂と北鎌尾根

年間に、ひょっとしたら1000人単位?がピークを踏む人気の槍ヶ岳です。

 

鉄ハシゴで山頂を登り下りは味気ないという第一印象もありますが、多数の安全のためには欠かせない補助具です。


(槍ヶ岳山頂への登下降は鉄ハシゴの助けを借りる=2002年8月)

 

槍・穂高と比肩され全身が岩の要塞のような剱岳を登ったときも、ボルトが連続して岸壁に打ち込みがあり、ハシゴなしでもとうてい通過できない岩場があったものです。

 

剱岳の方がきついな>

 

などと思いつつ山頂に立てば、強い風、遠く近くに湧く白いガス、快晴と山岳展望。

 

前穂高岳北尾根の三角の歯並びもすぐそこです。

山頂の人たちは満足そうです。

 

小汗を涼風が吹き流してくれ、わたしもいい気分です。

山頂の鉄ハシゴ2つは槍ヶ岳が、特別な技術や経験がなくとも来ることができる大衆性を有していることの印なのでしょう。

 

槍ヶ岳は、疲れること、休むことを許されない超一級のエンターテイナーです。

 

山岳人気投票では、いつもトップを競う存在ですもの。

ただし、北鎌尾根となると話は別です。

 

細長く意外に平らな山頂の北に小さな祠を過ぎ、もう少し先に行くと北鎌尾根が落下していくのが見て取れます。

 

いつの日か、その尾根をつめて槍ヶ岳山頂に立ちたいとわたしが憧れて久しい尾根です。

 

大町側から入山する北鎌尾根のルートは、わたしのような単独の縦走者には手強い。

ザイルワークほか、ロッククライミングの手ほどきを受けた経験者の助けがいります。

 

槍ヶ岳が四方に張り出す尾根のうち、この北鎌尾根だけが大衆登山の手に届きません。

好ましく思います。

 

伝説の単独行者加藤文太郎を描く新田次郎の小説『孤高の人』で、加藤が厳冬の遭難したのが、この北鎌尾根なのだ、などということも、この尾根への印象を強くするのです。


(燕岳付近から見る槍ヶ岳の夕暮れ=2015年8月)

 

目の不自由な中高年登山者

槍ヶ岳の大衆性は、山頂で居合わせた登山者からも見て取れます。

 

<私は目が見えません。縦走中。よろしく>

 

そういう趣旨の文言をリュックに大書した50歳代と見える男性と、手を引く同年代の男性がいるのです。

その二人に少し遅れて、ダッシュするように山頂に躍り出た中年男性は、いきなり枕ほどもある山頂の岩の一つを肩に掲げて写真撮影を近くの人に頼みます。

 

ゴトンと大きな音を立てて足元に岩を落とし、あちこちの山頂には散骨がある、というようなことを大声で独りごちします・・・周囲の登山者は戸惑ったように無言です。

 

多種多彩な人々を夏に迎え入れる槍ヶ岳は、厳冬期に暴風雪をいくどとなく浴びながら、夏の体臭を削ぎ落とすのでしょう。

 

 

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【第5章】槍・穂高から上高地へ⑥槍ヶ岳から3,000m峰3座の尾根

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは5年目(2020年4月現在)

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