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【第8章】北岳から大井川源流、農鳥岳①~初めての南アルプスへ~
山行データ1997年7月19日~21日、45歳。単独。 山梨側の広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、農鳥岳から奈良井へ下山。 北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。 ...
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山行データ
新宿から夜行列車で甲府駅下車。
バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、
農鳥岳から奈良井へ下山。北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。
3,000m峰は北岳(3,193)、
間ノ岳(3,190)、西農鳥岳(3,051)の三座。
山小屋に泊まるということ
北岳肩ノ小屋は中高年で大変な混雑。
まだ午後が早いのでゆったりと過ごします。
北岳山頂まで往復2時間くらいだが一休みします。
夜行の寝不足、7時間あまりの歩行で疲れがあります。
ちょっと頭痛もあります。
標高3,000メートルまで来ているせいでしょう。
南アルプスで初の山小屋宿泊りです。
(大賑わいの山小屋。食事は交代制)
二食付きで6,500円、缶ビール(330ml)が600円。
寝具は毛布3枚。
水につけたように重い。
体一つ分の板の間がわたしの領土です。
狭い、昨日はカレーライスを注文してから口に入るのに1時間15分、食べるのはたった3分だったとかの声が聞こえてきます。
近くの女性数人が賑やかにおしゃべりしながら、片手に持つ小さな鏡をのぞきこんだり、顔を少し斜めにしたりしながらパタパタとお化粧です。
北岳が重要な舞台になる小説『マークスの山』では、学生時代の山仲間MARKS(5人)の屈折した人間関係と利害が秘密を共有し、連続殺人事件の温床になります。
しかし、わたしの周囲にあるのは、屈託のない中高年の午後です。


山小屋の待遇、少考
泊まり客が多すぎて、夕食は交代制です。
ご飯はお代わりできます。
ワカメの味噌汁、副食はミートボールが10個ほど、ポテトサラダ、ワラビのおひたしが少々といったところ。
メニューへの感想が漏れ聞こえ、お代わりできるだけいいと思いなさい、と応じる声がそっと。
南アルプスに限らず、山小屋の待遇は料金と付き合わせて古くて新しいテーマで、意見百出でしょう。
(日本2位の北岳山頂から日本1の富士山が近い)
山岳雑誌がときどき特集を組みます。
私見を言えば、天水に頼る水の確保、食糧の輸送などの手間を思えば、マチの衣食住の価値観を山小屋の待遇に持ち込むのは適切ではないと思っています。
かといって、僻遠の独占的な立場から高飛車な接客(食・住)だとムッとします。
また欲求にこたえるままに、高級食材や飲み物を提供することなども好みません。
岩壁登攀、冬山など、困難・高度な技術と体力を必要とする登山は別にして、多くの愛好家は夏を中心に周遊します。
山小屋に頼るか、テントを担ぐか、どちらかになります。
わたしはテント派。
食糧を含めできる限り荷物は軽くし(しかし、重いのに缶ビールは下界から運びます)、テントの中で伸びやかに背を伸ばします。
その目から見ると、この夜に口にする食事は相当なご馳走です。
大きなやかんが人から人へ回り、申し訳程度の薄いお茶であっても、そういうものだと思ってすすります。
朝陽の鳳凰三山がそそる
一夜があけます。
暗いうちから小屋の中はざわざわし、リュックの開閉、遠慮のない会話。
自然と目が覚めます。
ヘッドランプの明かりも乱れ射しています。
すし詰めの夜でした。
小屋に聞くと、昨夜は定員150人の小屋に300人が泊まったそうです。
その半数は首都圏から。
天候がすぐれずこれまでの入山者は少なめだったが、一気に夏山が到来し、この人出です。
(ご来光。鳳凰三山の尾根に朝陽が昇る)
ぞろぞろと小屋の外でより集まり、少しだけ濃い紫色が兆す東の空の一点を見やります。
なだらかに黒く横たわる尾根の中央あたり、一点の金色の光が水平にさして登山者を射貫きます。
ご来光。
声にならないどよめき。
新鮮な気に満ちた一瞬です。
北岳の山頂から、この一瞬を目にしている登山者もいることでしょう。
早川尾根に、小さく尖った頂が見えます。
ウエストンがその頂に登ったことを知った里人が、下山後に崇敬されたという地蔵岳、鳳凰三山の主峰です。
この瞬間の印象は、職場の同僚との甲斐駒ヶ岳~鳳凰三山夏山縦走につながりました。
北岳から富士山が近い
初雪の北岳山頂で、小説『マークスの山』の連続殺人犯は岩に背中をあずけ、日本一の富士山(3,776m)に顔を向けてこときれます。
夜叉神峠の心中を発端とする事件の結末が、北岳山頂なのです。
殺人犯にとって幼い頃、両親と登った記憶がある北岳山頂から見る世界は、希望に通じると思えたからでした。
(北岳山頂を去り、正面の間ノ岳に向かう)
富士山はあけすけに緩い三角にすそを広げています。
富士山を一番遠くから見たのは、北陸の白山(2,702m)から。
初氷りかという晩秋の朝、大波が重なる遠くに小さい三角の姿をみとめました。
北岳からの富士山はそれより何倍も多きく鮮明です。
「感無量」「素晴らしい」「来た甲斐があった」
北岳山頂は明るい笑顔や笑い声にあふれています。
近くにいた女性に声をかけてみました。
45歳。
埼玉県から仲間と3人連れ。
クルマで来たけれど、広河原がいっぱいで手間の夜叉神峠(?)にとめて広河原まで40分あるいたそう。
「黄色いシナノキンバイなどの高山植物の花々が、ねぇねぇ、見てよ、咲いているのよ、わたしを見て、という感じだったわ」
と日焼けの顔が言う。
直近の西に、仙丈ヶ岳がずしりと大きい。
山頂から南の尾根へ下っていくと、喧噪は一足ごとに遠のきます。
真正面に、間ノ岳がどっしりと構えています。
(続く)