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【第8章】北岳から大井川源流、農鳥岳⑥~リニア新幹線と大井川~
山行データ1997年7月19日~21日、45歳。単独。 新宿から夜行列車で甲府駅下車。 バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、 農鳥岳から奈良井へ下山 ...
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山行データ
新宿から夜行列車で甲府駅下車。
バス便で広河原から入山。北岳から間ノ岳、三峰岳、大井川源流、
農鳥岳から奈良井へ下山。北岳肩ノ小屋、農鳥山荘で宿泊。
3,000m峰は北岳(3,193)、
間ノ岳(3,190)、西農鳥岳(3,051)の三座。
農鳥岳へ、静寂の風が流れ
南アルプススーパー林道を登山バスが走り、北岳、仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳は登りやすい山岳になっています。
間ノ岳から三峰岳、さらに大井川源流へと大きくUターンしてぼちぼち歩いたので、農鳥小屋に着いたのは午後3時45分ごろです。
質素な平屋の山小屋には、中高年のカップルふうが3、4組くらいいるだけです。
(ガスに覆われた間ノ岳山頂)
梅雨明けのこの時期は天候が晴れて安定し、夏山の第一のピークです。
北岳肩ノ小屋の昨夜の賑わいがまさにそれですが、同じ尾根を間ノ岳から農鳥岳への人通りは、これほどに少ないのです。
尾根が交差する三峰岳から大井川をV字型に挟む熊ノ平方面へ下る登山者を数人見やったものですが、通称・バカ尾根を歩くのはさらに少数派なのです。
学生時代から見聞してきた北アルプスの人流に比べて、何とつつましやかなこと。
朝は快晴で富士山をくっきり展望できましたが。次第にガスが立ちこめるようになり、間ノ岳の山頂では視界が限られて冷たく、そのまま農鳥小屋までややってきたのです。
クラゲが大海に浮遊・・・塩見岳!?
翌朝は快晴。
明るくきりりと引き締まった大気を存分に吸い込んでいきなり農鳥岳への急坂をジグザグに登ると心臓がびっくりしたようにバクバク振動しますが、大きな景色がどんどん広がる楽しみがあります。
右手に巨大クラゲ?のような浮遊物がかすんでいます。
すごい存在感です。
(クラゲのような塩見岳がポカリと)
山塊の姿に、薄緑の海水に漂うクラゲを想像しました。
あわてて地図を照らすと、塩見岳(3,052m)に違いありません。
その名前だけは知っている南アルプスの秀峰の一つ。
大井川源流を固める堂々たる3,000メートル峰です。
岩の折り重なる農鳥岳の山頂に立ち大井川沿いの山嶺を大観すると、間近い塩見岳の存在がいっそう強烈です。
振り返れば手前に間ノ岳、右手に三角にとがった北岳。
ドシリと重量感がすごい。
(農鳥岳から間ノ岳と北岳=右奥)
このときは塩見岳より南の山々を定めるのに熱心ではありませんが、のちに歩くことになる蝙蝠尾根(二軒小屋~塩見岳)~荒川岳・悪沢岳~赤石岳をしっかりと向き合っていたはずです。
大門沢降下点から森林が変わる
出会うのはごく少ない登山者です。
農鳥岳から岩と砂礫にざらつく足下に気をつけてひと下りすると、黄色い尖った三角の塔。交通標識みたいです。
ここから大門沢小屋へ下り終着点の奈良田集落へつながります。
農鳥岳からここまでの右手に立つ巨大な岩の障壁と岩石の堆石に圧倒される思いです。
生命の暖かさなどなく無機質ですが、ところどころにハイマツの緑が散っていて、殺風景なのに不思議な力強さを感じます。
(ここから急降下が始まる)
今風にいえば、パワースポット?
葛飾北斎の版画「グレイトウエイブ」を連想します。
荒れる海上の小舟を飲み込みそうにそそり立ち、今にも小舟に襲いかかりそうな巨大な波浪。そういう連想です。
下降点からの急坂は下るにつれて、息をのむ景色が待ち受けていました。
さっきまでの荒涼とした岩と砂礫の自然からハイマツが山肌を埋め尽くしているのです。
膝をガクガクさせて下るとハイマツからダケカンバへと樹種がはっきり変化し、大門沢小屋を過ごせばブナやカツラの森、岩に苔むす針葉樹樹林帯を抜け、いくつもの小さな沢を渡ってアスファルトの車道を30分ほど歩き奈良田に着きます。
深い渓谷のわずかな適地にしがみついたような小集落です。
(苔むす静寂の森林を抜け奈良田へ)
坂の上にある温泉で広い浴槽につかり三日間の疲れを癒やします。
「いっしょにいいですか?」と中年男女がやってきます。
男二人きりの、明るく広々とした浴場です。
「どうぞ、かまいません」。ほどほどの距離をとって、女性は胸をタオルでくるみ浴槽にひたります。
奈良田に小型トラックの行商
おおらかに湯を浴び、火照る体をバス停に運び身延までのバス待ちです。
ベンチに腰をかけ、ぼんやりと川向かいの尾根を見上げては、商店も見当たらない奈良田の人々の暮らしはさぞ不便ではないかなどと思っていると、下流からパタパタパタとエンジン音がして軽トラックがやってきます。
わたしの近くで路肩によせて停車します。
軽トラックの後部の四角い幌がまくりあげられます。
荷台には季節の野菜や果物が段ボール箱に詰め込まれています。
来訪する日時が決まっていて、地区の人たちが集ってきては買い求めるのでしょう。
(食糧品を積んで小型トラックがバス停そばにとまる)
現代の行商。
全国に足を運んだ富山の薬売りではありませんが、必要とするところへ出向いて商品を提供する。
過疎、高齢化。
夏山登山の拠点、温泉施設があるとはいえ、奈良田が存続するためのエネルギーは並大抵なものではないでしょう。
現代の行商が南アルプス麓の小集落を支えていることに、ほのかで暖かな感動を覚えます。
(この項 終わり)