南アルプス 登山記録

【第7章】南アルプス越え⑤~深夜の鈴の音に凍る~

 

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【第7章】南アルプス越え④~らしさ、の千丈ヶ岳を越える~

    山行データ2005年7月26日~30日、53歳。 単独。伊那市・高遠から入山。戸台の山荘泊の後、戸台川から仙丈ヶ岳、通称バカ尾根から野呂川・両俣に下り、北岳へ登り返し広河原 ...

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山行データ

2005年7月26日~30日、53歳。
単独。伊那市・高遠から入山。戸台の山荘泊の後、戸台川から仙丈ヶ岳、通称バカ尾根から野呂川・両俣に下り、北岳へ登り返し広河原へ下山。
3,000m峰は仙丈ヶ岳(3,033)と北岳(3,193)

 

真夜中に鈴の音が

高山を縦走中のテント泊では、お日さまの沈むころは、たいがい寝入っています。

 

マットを敷いていますが、薄いテントシートの下は土です。

できるだけ平らで小石などのでこぼこを除けてテントを張ります。

 

が、マチの暮らしのようなわけにはいきません。

 

早寝、地面のゴワゴワ、ビールが促す尿意によって目が覚めます。

 

真っ暗闇に寝袋から腕を出しヘッドランプで腕時計を照らすと、まだ日が新しくなっていないのは、よくあることです。

この夜もそう。

ここでテント
(わたしのテントは手前。奥に小さな池)

 

やや傾斜のあるところにテントを張ったので、寝心地はいつもよりも悪い。

 

おや?

 

遠くに鈴の音らしき響きを聞きつけます。

少しずつ大きくなる、つまり接近しているようです。

 

下草、灌木、木々の枝がこすれ合うことすらない静寂の南アルプス

仙丈ヶ岳から南に長い尾根です。

その音色だけが、異様なほどに澄み渡りくっきりと耳に届きます。

 

クマよけの鈴の音のような・・・

 

(登山者が、こんな夜中に縦走?)

 

いや、クマよけの鈴の音は、もっと太い。

 

よくよく聞き取れば、足音らしき物音がしない。

けれど、音色だけはさらに接近してくるのです。

 

仏壇のおりんの響きのような

澄んで、明瞭。

小さな音源が送り出す音色。

 

リーンリーン。

 

記憶にあるのは仏壇の前で鳴らすおりん。

金色をした金属の器。

 

小さな棒で軽く打つと、リーンと響く。

彼岸にあるご先祖さまとの間を取り持つ音色です。

 

妄想が猛烈に働きます。

道迷い?夜半の彷徨?

ほとんど耳のそばまで接近したリーン。

 

極度の緊張感、停止寸前の心臓。

が、音色は突然止みます。

 

再び静寂。

しかしほどなく、またしてもリーンリーン。

 

森の中の登山道を踏む足音の一片すらなく迫ってくるなんて・・・。

となると?

妄想は乱れに乱れ、あらぬ方向へ走ります。

 

北アルプス北穂高岳のテント場で経験した「雨の訪問者」は、生身の二人の人間の声と足音でした。

 

しかし、この暗闇に迫るのは、おりんの音だけです。

となると・・・?

 

(あぁ、これだ、これがオレたちのテント場だ)

(ようやく戻ってきたな)

(おや、おれたちのテントの中でヘッドランプが灯ったじゃないか)

(変だぞ、だれかいるのか?)

(よし、中を見てみるか)

 

妄想に次ぐ妄想

わたしのテントのフライのジッパーに手がかかり、じぃじぃと継ぎ目が開かれていくではありませんか。

 

恐怖のあまり、わたしの心臓は凍りつく寸前で激しく早鐘を打ち続け、ついには喉から飛び出しそうになっています。

 

山で遭難死した人の霊が彷徨し、わたしのテントを探し当てた。

 

わたしは、人一倍、そういうことに恐怖を覚えるたちです。

 

教室を改装し迷路を作る大学祭のお化け屋敷ですら、怖くて入れなかったものです。

 

そういう妄想が恐怖の頂点に達すると音色は突然止み、人の声も、ジッパーに手がかかる気配もありません。

静寂。

 

そしてややしばらくすると、また同じように、音色が近づいてくるのです。

 

同じように何回か妄想し、しかし何も起こらず、ようやくわたしが浮かばれない霊に魅入られているのではないのだと判断できるまでに落ち着いてくるのでした。

 

テント張るもう一人はどうしているのだろう。

いびきが聞こえてきます。

腹立たしいほどのうらやましい。

 

一つテントにいればお互いに不安を軽くすることができるかと思いますが、外は真の闇。

 

出て行き、いびきを割って声をかける胆力はありません。

山中は人界から遠く離れ、モノの怪が跋扈する領域。

両俣小屋まで2時間余りの山中です。

 

そこまで頑張りきれば、こんな心細い、恐怖に襲われることはなかったはずです。

 

高望池と地図にあるここは、針葉樹に囲まれた小さな池、周囲をコバイケイソウが縁取る静かな空間です。

 

鏡のような水面があるというのも、不可思議な現象を呼び起こす秘力を隠している存在に思えてきます。

 

一夜が明け、不可思議がガスの中を漂う

怪奇な出来事に、亡霊の来訪に恐怖した夜があけました。

テントの外に顔を出しテントの周囲を見回しても、足跡の乱れなどはありません。

結局、何も不穏は出来事は、何も起きなかったのです。

テントサイト
(不思議な鈴の音におびえた夜が明け、ガスめくテント場)

 

いったい、あれは何だったのだろう。

コーヒーをわかし、インスタントラーメンをこしらえ、朝食。

 

野鳥のさえずりも、山中のいつもの朝です。

 

隣のテントに聞くのもはばかられ、リーンリーンという音色をうち捨てるようにして、6時過ぎに出発。

 

森に次ぐ森。

1時間ほどして単独の女性登山者と行き違う。

 

あの音色の正体を包むかのように、ガスが樹上すれすれに這っています。

 

おかっぱ頭、よく日焼けした顔に丸眼鏡、Tシャツに両ステッキ、大きなリュックを背負て去って行く様子は、山慣れしています。

 

両俣小屋で聞いたという今日明日の天気予報を教えてくれました。

 

どこまでいくのでしょう。

この分なら、北沢峠までは問題ないことでしょう。

高望池でのテント泊はしないでしょう。

 

ならば、あのリーンリーンのことは、伝えるまでのことではないと、先へと森林の緩い起伏の尾根を南下していきます。

あの音色の正体は、ずっと謎のままです。

 

(続く)

 

 

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ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは5年目(2020年4月現在)

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