<当ブログには広告が含まれています>
<本記事のリンクには広告が含まれています>

南アルプス 登山余話 登山記録

【登山余話28】南アルプス白根南嶺~㊤広河内岳再訪

前回の余話
【登山余話27】ふと、栗沢山~甲斐駒・仙丈・北岳の大展望と学生縦走(2025年8月18~20日)

山行データ18日データ:北沢峠テント泊。 19日データ:栗沢山~アサヨ峰往復~仙水峠~テント場。 20日:下山。   崩壊していない長野側から北沢峠 南アルプススーパー林道の山梨県側は、何年 ...

続きを見る

山行データ

2025年8月29日~31日。大門沢沿いに白根南嶺の尾根に突き上げ南下、広河内岳(2895m)から尾根道歩き。笹山(黒河内岳・2728m)を経て奈良田に下山。72歳。単独、テント。

 

広河内岳から笹山

まだ行っていない山を歩いてみたい、あるいは再訪してみたいと思う山というのがある。

 

そうして想像の山行は多いが、いい年齢になるにつれて時間はあるけれど、体力・気力との折り合いが一番の課題である。

テントを担いでソロという若い時からの流儀を通すとなれば、なおさらである。

 

南アルプスでいえば、登山者が集中する白根三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)なら山小屋が充実しているが、脇にそれると避難施設どころか、水場さえないことがしばしばある。

 

広河内岳から南に延びる、通称白根南嶺と呼ぶ山域が、その後者にあたる。

しかし、登山者の関心の薄い、そうしたゾーンは、何かしら魅惑を潜めていて、引き寄せる力、並々ならぬものがある。

 

 

おいで、おいでと招くようにして。

 


(塩見岳を右に、中央に蝙蝠岳)

 

4年前に広河内岳の山頂からの展望がそれにあてはまる。

 

森林限界を超える岩とハイマツの頂からは、大井川を挟む右手に3千メートル峰の塩見岳から赤石岳へと波打つ巨魁を望見し、足下の左手には南嶺の長々としたなだらかな尾根がはるかに延びる。

 

両者はあまりに対照的で、未経験の南嶺の何とのびやかで広々として穏やかなことか。

この尾根を心行くまで歩きたい。

 

重い水をどうする

目指すのは広河内岳から笹山。

平面地図上の距離は5キロくらいか。

 

予定は3日間。

 

テントを張ったあと、山なみを眺めながら飲むビールやウィスキー・ハイボールがやめられないので、どうしたってリュックは重くなる。

 

20年前の体力なら2日のコースか。

まず、奈良田から笹山へ尾根を一気に登りきりテント泊、そこから広河内岳へと北上して二泊目、三日目に大門沢へるのが第一案だったが、二日目までの水場があてにできない。

 

つまり二日半分の水(5リットル超か)をはじめから背負うことは、さすがに過酷だと自省し奈良田に向かう車中でやめてしまった。

 


(大門沢沿いの登山道を下る登山者)

 

水問題をクリアするのに、日を改めて大門沢側から入ることにした。これなら、大門沢沿いのかなり上部でも水が汲める。

初日・大門沢小屋(テント)、二日目・尾根の適地(テント)、三日目・笹山を経て奈良田へ下る。

 

健脚と鈍脚

初日はぐうたらを決め込み、ビール、ウィスキー、天ぷらを添えたソーメンの飲食で体力を蓄え、二日目は途中で沢水を4リットルほど補充した。命の水だ。

 


(初日の飲み食い)

 

二日目のリュックにはまだ缶ビール2本、ウィスキーが残してある。

 

重いのはわかっちゃいるがやめられない。

それに食料やテント一式の荷物やらで、リュックの紐が肩を圧する。

 

口から心臓が飛び出しそう、というが、あながち誇張ではないと思う。

下降点の尾根道までの登りでは、白根三山からの下山者が引きもきらず、軽そうな足取りが恨めしくなるほどだった。

 

広河内岳まで7時間ほどかかった。


(大門沢へは黄色い塔が目印。奥は農鳥岳方面)

 

広河内岳の近くで交差した若い男性に聞くと、奈良田から笹山を登り、下降点から奈良田まで一日の行程という。

わたしの当初案を一日で済ませてしまう。

 

白根南嶺サーキット

いやいや、数時間前の登りで追い抜かれた20歳代かと見える女性は、この逆コースを、つまり、わたしが二泊三日を予定した今回のコースを一日におさめてしまう。

 

リュックが小さく軽そうで、足取りの軽快なことは、若いとはこういうことなのだと感嘆するばかりだ。


(沢水を汲む。命綱の水)

 

こういう軽装、軽量、一日完結で通常数日かかる縦走をすますのをサーキットと呼ぶらしい。

白根三山を一日で完結するなら、「白根サーキット」となるのかな。

時短登山というべきか。

 

確かにこのスタイルはここ数年よく出会う。

最近の中央アルプスの夏山で軽装、軽リュックの登山者に声をかけると、しばしばサーキット系である。

 

それ相応の充足、手応えがあるのだろう。

ただ、その悪例が、心身疲労が著しく深刻な結果を招く富士山の弾丸登山であろう。

 

身の程を知れ

サーキット系は、72歳の領域ではない。

 

若いころは、などと我を張ったところで何の支えにもならない。

見栄を張って得るものはない。

自尊心にすがれば無鉄砲の始まりだ。

 

二泊三日の今回のテント旅なら体力・気力の許容する範囲であろう。

4年ぶりの広河内岳の山頂は、やはり静謐に包まれている。

 

岬の灯台になったような気になる。

目立たないが、二軒小屋から尾根を辿って二日目に山頂に立った蝙蝠岳(2,865m)の尾根が、旧友との再会のように懐かしい。

 

蝙蝠岳は20数年前のことで、体力に相当の自信があったときの単独テント旅だったが、再訪は無理だろう。

 


(南嶺の稜線に白雲が絡む)

 

今から踏み込む白峰南嶺にも、背後にも人っ子一人いない。

大門沢下降点でわたしより30分ほど前にこちらへ向けて出た北岳発という男性高齢者がいたが、足達者にはるか先をいっているようだ。

 

眼下に見通しのいい尾根の遠くまでに目を凝らすが、人の動きはない。

今から、文字通りのソロを深く意識する。

 

続きの余話
【登山余話28】南アルプス白根南嶺~㊦清澄な大展望~

山行データ2025年8月29日~31日。大門沢沿いに白根南嶺の尾根に突き上げ南下、広河内岳(2895m)から尾根道。笹山(黒河内岳・2728m)を経て奈良田に下山。72歳。単独、テント。   ...

続きを見る

 

 

 

応援クリック励みになります!

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

ゴン

1952年生まれ。 18歳で高校を卒業後、他県生活を30年余。 北海道、北陸、東京など、転勤に伴い転々とする。 退職後は2013年から自宅で小さな英語塾を開設。夫婦で小中高生や社会人と接する一方、夏秋になると北アルプス、南アルプスの山歩きをしている。 中学、大学でプレーした卓球を退職数年前に約35年ぶりに再開。地元高校のコーチは11年目(2026年4月現在)

よく読まれている記事

拾ったゴミ 1

山行データ2021年7月19日-24日、68歳。夫婦歩き。名古屋から中央道経由、長野県伊那市桂木場(1,243m)から入山。 西駒山荘(2,684m)に二泊。小説『聖職の碑』の遭難記念碑再訪、濃ヶ池か ...

2

  山行データ2002年7月31日ー8月4日、49歳。単独。 上高地から入山。槍沢経由で槍ヶ岳から南下し、大キレットを通過、穂高の連山を経て上高地に戻る。 ★3,000m峰は槍ヶ岳(3,18 ...

3

  関心のままに手元に置いてきた山の本を並べると、本棚の一区画を占めるようになってきました。 本の背表紙を見やるだけで、まだ見ぬ山旅へと誘い、過ごした山旅を回想させてくれます。   ...

薬師・避難小屋 (2) 4

    山行データ19歳。大学2年。 1972年7月28日ー8月7日:八方尾根・唐松岳から黒部川へ下り、阿曽原、剣沢、立山、薬師岳、黒部源流、西鎌尾根・槍ヶ岳、槍沢から上高地へ下山 ...

北薬師岳付近 5

    山行データ19歳。大学2年。 1972年7月28日ー8月7日:八方尾根・唐松岳から黒部川へ下り、阿曽原、剣沢、立山、薬師岳、黒部源流、西鎌尾根・槍ヶ岳、槍沢から上高地へ下山 ...

-南アルプス, 登山余話, 登山記録
-, , ,

© 2026 山と空と風と、海 Powered by AFFINGER5