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【第9章】蝙蝠岳から塩見岳、悪沢岳、赤石岳縦走①~蝙蝠のつばさ~
山行データ1999年7月16日-21日、46歳。単独。 浜松から車で大井川を北上し畑薙第一ダムが入山口。さらに上流の二軒小屋から蝙蝠尾根に取り付く。 バカ尾根に出て塩見岳(3,052)、 ...
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山行データ
浜松から車で大井川を北上し畑薙第一ダムが入山口。さらに上流の二軒小屋から蝙蝠尾根に取り付く。
3000m峰のバカ尾根に出て塩見岳(3,052)、悪沢岳(3,141)、赤石岳(3,120)を踏んで椹島へ下山。
登らない人、登る山
畑薙第一ダムからバスに8人が乗り、7人が宿泊、テント施設がある椹島でおりています。
千枚岳(山小屋あり)を経て悪沢岳か、あるいは直接赤石岳に向かうのでしょう。
椹島からはわたしきり。
ジープ型車に乗り換え二軒小屋に着きました。
林業の拠点地です。転付峠へ登り奈良田へ下る山道が、ここから東に開けています。
大井川沿いに少し上流に歩くと蝙蝠岳(2,864m)への取り付き。
おにぎりを半分、大井川でコップにくんだ水で少し腹ごしらえをしてからリュックを背負い直します。
今日テントを張る徳右衛門岳(2,598m)手前で水は得られるので、その分が軽いのはありがたい。
(水場は斜面からしみ出す)
ただし缶ビールが何本か納めてあるので、ズンと重い。
わたしを二軒小屋まで運んでくれた初老、白髪の運転手(男性)は雑談で、「自分は山に登らない。山のいい空気の中にいられれば、それでいい」と話していたものです。
車の排気ガスから遠のいた尾根を登るにつれ、森林にもまれた山の空気はますます清澄に磨かれます。
初老の運転手も一度、多少の汗を流し手頃な山を歩くと、また違った空気を味わうことができることでしょう。
コンクリ巨魁と大森林
いきなり厳しい傾斜の道が続きます。
天気はまずまず。
針葉樹と広葉樹が混じり合った森の中です。
野鳥のさえずりが4、5種類、心地よく樹間を抜けていきます。
あれはゴジュウカラ?と目にした一羽の種類を判断します。
――あぁ、シャクナゲもあるじゃないか。
――ここは伐採跡地らしい。ひこばえが伸びている。
などと一人語りしながら1時間ばかり登ると、眼前に巨大な灰色の四角い構造物がそびえます。
何もの?
中部電力の施設だといいます。
無粋ですが、こんな深い山中にすらわたしたちの生活の一端を見せつけられます。
畑薙第一ダムまでの道中には大きなダムがいくつもありました。
畑薙第一ダムの上流もそうですが、ダムをびっしりと埋め尽くすばかりの土砂を目にしてきました。
断層とともにある南アルプスです。
山の浸食は活発。
せき止められた膨大な土砂の行き場がない。
ダム建設は川と海がつながる土砂運びの営みを断絶したままです。
針葉樹の森から懐かしいダケカンバが次第に目立つようになり、高山の気配が迫ってきます。
シカのふん、サルらしき足跡をみながら一服。記録するノートに樹間を抜ける午後の日差しがまだらに泳ぎます。
クマの足跡が生々しい
100mほど先に見通しのきく平坦な森にきたときです。
湿り気のある黒い土が剥き出しの登山道です。
足下に目をやると、シカともサルとも違う、重量感のある窪みが黒土にくっきりと4つあります。
指先まで鮮明。
長さ、幅とも20センチくらい。
二つが重なったものもあります。
クマ以外に考えられません。
2頭か?
表面はまったく乾いていません。
ごく最近(ひょっとしたら数分?)の違いでここを歩いた証拠です。
(新鮮なクマの足跡)
見通しのいい樹林ですが、至近距離にクマを予感します。
立ち尽くし、周囲にクマの気配がないか、全神経を集中します。
クマはクマで、密かにわたしを警戒、観察している・・・。
幸いクマは現れず、しきりに周囲に視線を走らせながら進みます。
山頂手前の水場で4リットルほどを確保してあります。
水を汲んでしばらくすると、ブッシュが横に揺れて切り裂くような悲鳴のような音が鋭く聞こえました。
ヒヤリとしましたが、ブッシュの乱れ追うと2頭のシカが見て取れました。
いよいよ野性が身近です。
クマがテントを押しつぶす
クマの足跡を通過してから1時間半、5時に徳右衛門岳。
そこは山頂というより、尾根の平坦部のようです。
木々もほどほど、テントを張るのにも困ることはありません。
悪沢岳方面にちょっと不安を誘う赤に染まる夕焼けを眺めたり、反対側の農鳥岳方面に続く尾根を見ては綺麗だなと思ったりしながらテントに潜ります。
ビール、キムチ味の牛すじ鍋を至福のご馳走に明日に備え、寝袋にこもれば人っ子一人出会わなかった一日が、極楽気分で過ぎていきます。
(徳右衛門岳から。西の空が夕暮れていく。左は登山標識)
寝入ってどれくらいでしょうか。
夜半。
胸苦しさに目が覚めると、テントが内側に重くたわんできて、ちょうどわたしの顔にのしかかってくるものがあります。
フウフウと荒い息が、テントの生地を抜けて耳元でします。
クマだ、クマがテントを潰そうとしている!
このヤロウ、やられてはたまらん。
わたしは必死に両腕をぐいと突き上げ、押し戻そうとします。
そのときわたしは目が覚め、夢はそこで途切れました。
テントに何も異変がありません。
しかし、心臓の早打ちが、まさに今までクマと格闘していたことを物語っています。
まったく、とんでもない夢です。
目撃したクマの足跡が、あまりに生々しく印象にあったのでしょう。
それにしたって、夢の中にでてくることはないでしょうに。
尿意が激しい。
ビールのせいでしょう。
テントを出るときは、細心の警戒をします。
現実にクマが徘徊しているかもしれない。
びくつきながらも、テントから数メートル離れて小用をすませます。
あたふたとテントに潜り込み、再び寝入るのでした。
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【第9章】蝙蝠岳から塩見岳、悪沢岳、赤石岳縦走③~クマ?人~
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