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【山の本棚2】新田次郎の世界①
兄弟小説 『孤高の人』に勢いを得たかのように、新田次郎は続いて現役の登山家・芳野満彦(1931-2012)モデルに、『栄光の岩壁』(新潮文庫上・下)を書きあげます。 若い日 ...
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映画でもヒット~『八甲田山死の彷徨』
映画でもヒットした『八甲田山死の彷徨』(新潮文庫)は、明治期の軍隊の雪中行軍訓練の大遭難を描きます。
軍隊の精神主義の不条理に命を翻弄される兵士たちに、
富国強兵を国是にした明治政府の軍国猪突を見る思いです。
軍事力で他国を従わせ、自国民を兵士に駆り出す歴史の何と愚かなことか、雪の八甲田山の何と苛酷なことか。
まったくの余談ですが、新田作品の初出は雑誌であっても、単行本・文庫本の出版社は新潮社、文芸春秋が圧倒し、講談社が後方を、さらに遅れて光文社。
作家と編集者(出版社)の強い関係というか、担当編集者が山登りの経験者として3,000m級山岳の魅力も危険も知り、一種気高いと思われている山の人間たちの市中と変わらないドロドロとした匂いもこもっていて、それなら山を知る新田次郎に筆をとらせたいと着想したのでしょうか。
作家と編集者の幸せな出会い、と呼べばいいのでしょうか。
新田作品は小さな人間を巨大で苛酷な自然環境にさらして、さまざまな困難、苦闘とたたかわせるというのが骨格になっています。
ゴツゴツした新田の文体も、山岳描写と相性がよいようです。
環境破壊への抗議
新田は環境破壊へはっきりと異議申し立てする作品も残しています。
長野県の霧ヶ峰・美ヶ原の観光道路ビーナスライン建設を取り上げたのは『霧の子孫たち』(文春文庫)。
霧ヶ峰は新田が育った地元の自然。
夏に涼を求める人たちに、人気です。
ビーナスラインの賛否が分かれたのは、ちょうど私が学生時代を過ごした1970年代、経済成長の波に乗り、人々を煽り立てた「日本列島改造」のころのことです。
その最先端で、ブルドーザーに乗って旗振りをした宰相田中角栄氏の栄華と没落が用意されている時代です。
余談ですが、最近(ことに安倍晋三内閣)になって、宰相論とでもいう空気があって、それはモリカケ問題で安倍さんへの忖度や権威主義、教育勅語を是とする小学校開校へ向けた国有地安値払い下げに安倍夫人の影響があったと疑惑が起きたことなどに由来しています。
言外に、こんな権力のあり方、宰相の振る舞いでいいの?という空気感からくるものでしょうか。
そこで歴代の宰相を振り返り、田中氏に脚光があたります。
田中角栄という人物
某大卒というエリート出身ではないという親近感と、人としての器の大きさと人心掌握の巧みさにたぐいまれな資質があり、歴代の名宰相ではなかったかという乗りです。
過ぎしものへの、ノスタルジアにつながる気分があるように感じます。
田中もの、とでもいうべき書籍が小説ほかたくさんありますが、早野透著『田中角栄 戦後日本の悲しき自画像』(中公新書)が、田中の実像に肉薄していると思います。
筆者は朝日新聞政治部記者として田中氏を担当し、文字通り田中の吐息にすら接する日々を送った記録をまとめています。
この中で、環境問題への言及はほとんどありません。
権力闘争に明け暮れ、ロッキード事件で政界の表舞台をさるかも思えば、闇将軍として政治を牛耳りつつ追い詰められていく人間の浮沈があります。
この田中像には環境問題はなく、権力闘争があります。
新田が問うたビーナスライン(大規模な観光開発)は、その時代に、高原観光道路がだれに利益をもたらすのかを問うことになり、稀有な自然と、その自然を享受する者とのバランスが崩れるのが環境破壊だということが浮き彫りになります。
いくつもの野外彫刻が高原の一画に展示されるまでになっている美ヶ原の現状を、新田ならどう評論するでしょうか。
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【山の本棚4】新田次郎の世界③足尾へ、水俣へ
今少し、新田次郎に水先案内を頼みます 『ある町の高い煙突』(文春文庫・1978)は、鉱山の銅精錬による有害物質排出による環境破壊(農業や健康、地域社会)に立ち向かう市民の物 ...
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本記事に出てきた書籍まとめ
この記事の中に出てきた本を一覧にしました。
もし興味があれば、手にとってみください。
本記事に出てきた作品
- 『八甲田山死の彷徨』
- 『霧の子孫たち』
- 『田中角栄 戦後日本の悲しき自画像』
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